公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.10.12 (月) 印刷する

新疆問題の国際的波及と日本の選択 平野聡(東京大学教授)

中国の新疆ウイグル自治区で2017年以後、強制収容所の大規模な設置などにより出現した人権・人道上の危機は、次第に外界に広く知られるようになり、西側諸国と中国との間の対立における一大争点となった。

このうち、米国がとりわけ厳格な対応に出ているのは、米国が中国の経済発展を後押しすれば中国の民主化を促し、文明の宥和・対話につながるというイメージが、中国共産党(以下中共と略す)の被害者ナショナリズムと一党支配イデオロギーの前では無効であることが明らかになったからである。これについては今年7月23日にポンペオ国務長官がニクソン記念館前で演説し、ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケル・ピルズベリー氏が『China 2049』で明確に説いている。西側がこの問題を座視すれば、グローバリズムを悪用して一方的に利益と技術を得る中共が世界を息苦しいものにするという強い危機感の表れでもある。

矢継ぎ早の制裁打ち出す米

こうした発想が米国の超党派で共有された結果、米上下両院では今年5月中旬から下旬にかけてウイグル人権法案が可決され、ペロシ下院議長は「迫害された人々を忘れない」というメッセージを発した。そしてトランプ大統領がこの法案に署名した6月17日にはポンペオ米国務長官と中国の楊潔篪国務委員の会談が行われたが、楊氏が「中米関係の大局」に基づき貿易面での妥協を主張したのに対し、ポンペオ氏は新疆・香港・台湾問題を中心に激しく問い詰め、物別れに終わった。

以来、米国は、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)への制裁と並んで、陳全国・中共新疆ウイグル自治区委員会書記や、人民解放軍傘下にあり、新疆ウイグル自治区の管轄から超越した巨大屯田兵組織で軍産複合体の新疆生産建設兵団など、中共による抑圧に最も責任ある個人・組織・企業への制裁を矢継ぎ早に打ち出している。

また、米国のサプライチェーンが、新疆をはじめとした中国の強制労働と関わることについても断じて許すべきでないとする主張も強まっている。とりわけ新疆産の高級綿花を用いた繊維製品においては、その可能性が高いことから、原材料や製品のサプライヤーをめぐる透明性・説明責任を明確にするよう求める動きが起きている。米国政府は9月14日には、新疆での強制労働に関連する疑いのある繊維製品や電子部品の禁輸に踏み切った。

欧州でも強まる懸念と批判

さらにディズニー映画『ムーラン』をめぐっても、中共新疆ウイグル自治区委員会や新疆の地方公安局など、強制労働・人権抑圧に直接関与している組織の協力を得ていたことが明らかになり、これを強く批判する動きも起こった。

新疆問題をめぐる批判は、今年に入って中国の「戦狼外交」への疑念を急速に深めた欧州でも強まっている。その一つは、2022年の北京冬季五輪の是非をめぐる問いである。9月には160を越える国際人権団体が連名で、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長に開催中止を求める書簡を送った。10月6日には英国のラーブ外相が同五輪のボイコットを示唆した。

また、9月22日にはフランスのマクロン大統領が国連総会の場で、新疆ウイグル自治区への国連調査団派遣を求めたほか、9月25日には欧州連合(EU)、英国、豪州、カナダも国連人権委員会の場で中国に対し、新疆への調査団受け入れを要求した。10月7日に開かれた国連総会第3委員会でも中国の人権問題が討議され、日米英仏独など39カ国が共同で、新疆や香港の情勢に重大な懸念を表明した。

「中華民族」論は危機感と表裏

しかし、今のところ中共がこのような国際的懸念に応じる気配は全くない。むしろ、去る8月29日に開催された中共中央第7回チベット工作会議、9月26日の中共中央第3回新疆工作会議において、習近平国家主席を核心とする党中央の強力な指導のもと、新疆やチベットを高度な政治的統制の下に置き、社会の絶対的な安定による経済発展を通じて「一帯一路」経由の経済開放と貧困解決を実現することが確認された。

また中国各民族の集合体である「中華民族」の団結・凝集力を一層強めることも謳われ、このためには「中華民族の共同体意識」に基づく国家観、民族観、文化観、宗教観を全ての人々に徹底的に植え付けることが必要だとされた。

このような文面は、一見すると「中共が指導する制度の自信」に満ちあふれているように見えるが、実は中共自身の強烈な危機感の表れでもある。

「中華民族」論は、中国ナショナリズムが20世紀初頭に生まれて以来の言説であり、中国が多民族国家でありながらも「単一民族」的なアイデンティティーを共有し団結することで、富国強兵の実現を目指す発想である。

今日では、中国の社会人類学者、費孝通氏の『中華民族の多元一体構造』が説く「今日の中国の領土の範囲内で、漢族を文明的な核心として様々な民族が協力し、近現代史における反帝・反封建の闘いと国家建設を通じてついに中華民族としての共同性を手に入れた」という筋書きが、中共の国家統合における基本教義となっている。

漢族の一方的思い込みや願望

しかし、もしその通りだとすれば、何故中共の執政から70年も経ているにもかかわらず、いま改めて「中華民族共同体意識」なるものを鋳造し、強制力を以て人々に注入しなければならないのか。

要するに「中華民族」論なるものは、漢人・漢族の一方的な思い込みや願望に過ぎない。この国の領土は、「中華」の文明的魅力によって拡大したものではなく、とりわけ漢字なしで高度な文化を創りあげてきたウイグル、チベット、モンゴル等の人々には「中華」概念は何の意味もなかった。満洲人統治の国家である清朝が様々な民族との主従関係に基づき影響力を広げていたところに、近代的な主権国家原理を当てはめて「中国」と呼ぶことにしたのが歴史の実相である。清朝が残した領土を保つには、清朝と同じような文化相対主義的感覚こそが必要だったからで、「中華」など百害あって一利もない空理空論である。

「中華」概念は華語(漢語)に馴染まない諸民族にとって、ただでさえ馴染みのない抑圧的な思想であるのに加え、中共の支配がさらに各民族の間に著しい懸隔をつくった。法の下の平等の原則によって同じ国民として待遇するのではなく、少数民族と公定したうえで様々に差を付けて扱ってきた歴史は、共産党による社会・文化的破壊だったが、その一方で民族アイデンティティーを強める結果ともなった。

強制収容所を具現化した発想

そして改革開放の時代になると、少数民族の人々は、経済発展により増大する漢人・漢族の存在感に苦しみつつも、飛躍的に増大した移動や情報交換の機会を通じて、「外」すなわち中央アジア・南アジアや中東、そして西側と自由につながるようになった。

かくして中共が直面したのは、経済発展すればするほど、「中華民族の大団結」どころか、むしろそれから遠ざかっていくという現実であった。

しかし中共は、経済(下部構造)が発展すれば自ずと政治、社会、文化(上部構造)も変わるはずで、様々な文化も発展する中国の現実に合わせて「中国化」すると信じる唯物論者の組織であり、それ以外の判断基準を持たない。

そこで習近平時代の中共は「中共の指導があってこそ経済が発展し、中華民族の大団結が実現した」という筋書きに合わない全ての人々や文化的現象に対し、「外部勢力の悪しき影響」を強く疑うようになった。だからこそ中共は、「中華民族の大団結」から遠ざかり、心が「外」に向かった人々や宗教・文化を、今こそ「善意」を以て改造し、生まれ変わらせようとする。これこそが新疆の強制収容所を具現化させた発想である。

多様性毀損する中共を許すな

中国ナショナリズムの本質的な誤りによって生み出された「善意」。それが暴走した、人類史上まれに見る人道上の危機を放置・黙認することは、グローバルな文明社会の良知に反する。欧米社会を中心として起こっている新疆問題への深刻な懸念は、決して「西洋中心主義による中国文化批判」といった陳腐な見立てで捉えるべきではない。多様性を踏まえて活力と協力を拡大再生産しようとするグローバリズムの精神が、中共によって毀損されることへの抵抗なのである。

ことここに至り、日本はどのような選択をするべきか。

日本政府は10月6日の国連討議において、欧米をはじめとする38カ国とともに、新疆や香港の情勢に重大な懸念を表明する共同宣言に名を連ねた。また、同じ日に日本で開催された日米豪印の外相会談は、開かれたインド太平洋の地域協力を一層推進し、既存のグローバリズムの維持発展に一層強い責任を負うことを内外に示した。日本は、2015年の国連サミットにおいて全会一致で採択された「誰一人取り残されない」持続可能で多様性と包摂性ある社会の実現を目指すSDGsにも賛同し、政府・経済界がともに努力を始めたところである。

米中間で距離測る発想は危うい

SDGsの趣旨に照らせば、中共が押し通そうとするような、多様性と包摂性を否定しつつ国家主義的な発展を目指す行為を黙認すべきではない。中共は「一帯一路」が地球規模の真の多様性と包摂性をつくると主張するのであろうが、自国における「一帯一路」の最前線で多様性を否定するのは根本的矛盾である。

また、そのような中共が統治する中国との商取引そのものも、原材料や部品等のサプライチェーンに疑問があるゆえに、SDGsの精神に沿った企業経営に反することになる。日本経済と個々の企業の真の持続と発展を望むのであれば、米中の狭間でうまく距離をとり、「中国にも良い企業はある」という考え方で取引を続け得るという発想は極めて危うい。中共の発想と行為を間接的に肯定することになりはしないか。中国の政府機関と企業は、個々の組織に置かれた中共の党委員会に指導されていることを強く意識すべきである。

こうした諸問題ゆえに、今後日本としても一層、新疆をはじめ中国の国家統合の実態や中共統治の質に注目する必要があるし、人類社会全体の方向性という観点に基づいて、中国との関係を再考しなければならないのである。