公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.12.21 (月) 印刷する

自衛隊を便利屋の如く使うな 火箱芳文(国基研理事、元陸上幕僚長)

 自衛隊は12月、旭川市、大阪市の医療体制の逼迫に対応するため、知事の要請に応じ自衛隊看護官を数名派遣した。旭川では新規感染者数が減少傾向に転じたことで、派遣は予定通り21日で終了したが、今回の看護官派遣をはじめ、感染症関連や豚コレラ、鶏インフルエンザなどの災害派遣に自衛隊を安易にまるで便利屋の如く使ってはいないか。かつて陸上自衛隊に身を置いた者としてこのような派遣は釈然としない。

医療従事者の融通体制に不備

自衛隊の災害派遣は災害に際し、人命や財産の保護のため事態やむを得ないと認められる場合に行われる緊急の救援活動である。派遣には「自主派遣」と「要請に基づく派遣」があるが、都道府県知事等の要請権者が防衛大臣又は防衛大臣の指定する者へ部隊等の派遣を要請し、やむを得ない事態と認める場合に派遣するのが原則だ。

やむを得ない事態とは「緊急性」「公共性」「非代替性」の3つの要件に照らし、派遣権者が判断する。今回の看護官の派遣は医療体制の逼迫状況からして「緊急性」「公共性」はある。しかし「非代替性」についてはどうか。はたして自衛隊の看護官でしか成し得ない特殊な任務だったのか。

要請した自治体の医療機関にも看護師さんはいるであろう。各知事には先ず、地元の医療機関に看護師派遣をぎりぎりまで要請したのかを問いたい。いや、この問題はむしろ、有事の際の医療従事者等を融通・協力し合うシステムが国も自治体も整備できていないことが原因である。

政府は中国武漢発の新型コロナウイルスに対して、新型インフルエンザ等対策特別措置法を適用して感染拡大防止に努めてきた。新型コロナに対し、先進国は「戦争」と位置づけ有事の対応をしているが、日本は特別措置法での対応である。緊急事態宣言が発令されても国や県知事等に強制力はなく、協力要請での対応にならざるを得ない。不備のある法律である。

民間業者で可能な支援要請も

このような中、自衛隊は感染症が発生して以来、様々な感染拡大防止のための災害派遣に従事してきた。1月から3月にかけ帰国した邦人等の救援のため災害派遣を実施した。この中にはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」における生活・医療支援、下船者の輸送支援など、前例のない、しかも感染リスクの高い活動を隊員から1人の感染者も出さずやり遂げた。賞賛に値する。

また東京・世田谷の自衛隊中央病院などへの患者受け入れも行った。3月から5月にかけては、他国からの帰国・入国者の水際対策の強化にかかる自主災害派遣を実施した。自衛隊医官などを成田・羽田空港に派遣し、検疫支援並びに帰国・入国者の空港から宿泊施設への輸送支援、生活支援などを行った。

更に4月以降、各都道府県知事からの要請を受け、市中感染の拡大防止のため、患者の航空移送、宿泊施設における生活支援、自治体職員や民間宿泊施設従業員などに対する感染防護に関する教育支援などを行った。長崎県の岸壁に係留中に集団感染が発生したクルーズ船に対する医療支援なども行っている。

これらの中には自衛隊でなく民間業者でもできる宿泊施設への食事の搬入、生活支援など釈然としない活動も含まれている。

本来任務の国防に支障出ぬか

自衛隊の活動がコロナ対応に際限なく拡大し長期化すれば、自隊の訓練、日米共同訓練などの実施や運用研究、大災害への初動派遣待機態勢、その他の隊務運営に影響が出ることは必定である。

我が国を取り巻く安全保障環境は予断を許さない状況にある。中国の尖閣諸島周辺を含む東シナ海への現状変更の試み、北朝鮮による弾道ミサイル発射、ロシアのオホーツク海、日本海への進出など、本来の国防任務に支障が出ることを本気で心配している。

国はこの感染症拡大を安全保障上の課題として捉え直し、速やかに感染症有事の法制、指揮命令系統の構築、感染症専門病院、必要病床等の充足、国・地方自治体の役割分担の明示等感染有事の体制整備を図るべきである。その上で期間を定め非常事態宣言を発出、この間に感染症ウイルスの撲滅を図る施策を国を挙げて取らなければ、国民の不安、イライラ感は消えない。その時こそ自衛隊でできる協力は全力で実施すべきである。

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