公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.04.06 (火) 印刷する

中国海警法に見る国際法上の齟齬 黒澤聖二(国基研事務局長)

 3月29日に開かれた防衛省とのオンライン会議で中国国防部は日本側に「一連の中国に関するマイナスの振る舞いに強烈な不満と深刻な懸念」を伝えるとともに、2月1日に施行した中国海警法について「中国の正常な立法活動で、国際法と国際慣例に完全に合致している」とする中国外務省報道官の説明を繰り返したという(4月1日付産経新聞)。

海警法の問題点については、すでに多くの指摘があるが、なかでも外国公船に対しても武器使用を含めたあらゆる措置をとる権利があると規定したことに、国際社会は警戒感を強めている。わが国は尖閣諸島沖で中国側と常に緊張関係にあることから、武器使用面には当然注意が向く。

他方、民主主義国でも法執行機関が武器使用権限を法定するのは妥当な措置であり、中国海警局が規定を整えること自体に異論を唱えることはできない。しかし、海警法が国内法の範囲を逸脱して、他国の権益に不当に干渉するならば話は別だ。

そこで本稿では、例として中国海警法の「中国の管轄水域」などの地理的区分を示す用語を取り上げ、国際法上気付いた点を整理しておく。

「管轄水域」という用語の曖昧性

海警法では任務遂行の地理的範囲として、「中華人民共和国の管轄水域」と規定(第3条)し、その用語は全84条で計11カ所も出てくる。ただし、「管轄水域」が何なのかの定義は見当たらない。

実は、昨年事前に発表された海警法の草案では明確に定義されていた。それを見ると、「管轄水域」とは「内海、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚に加え、中華人民共和国が管轄するその他の海域」(草案74条(2))とある。

成立した海警法では、用語を定義する第78条から「管轄水域」の項目が何らかの理由で削除された。だが、その意味するところは草案と同じと見て差し支えないだろう。なぜなら、問題があれば部分修正することで足りるはずで、頻出する用語の定義を全て削除する理由はないからだ。

さらに中国の他の国内法令を参照すると、「中華人民共和国海島保護法」(2010年)の前身ともいえる部内規定「無人海島保護及び利用管理規定」(2003年)の第2条に、「内海、領海、排他的経済水域、大陸棚及びその他の管轄水域」という表現がある。このことから、法令用語として中国の管轄する水域を指す場合、「その他の海域」も含まれると判断できる。

中国も締約国である海洋法条約には、沿岸国に認める管轄権の及ぶ範囲を内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚に限定し、「管轄するその他の海域」は存在しない。よって海警法のいう「わが国管轄水域」という用語には、国際法との整合上大いに疑念が残るわけである。

他方、中国の「排他的経済水域及び大陸棚法」(1998年)の第14条では「本法の規定は中国が享受する歴史的な権利には影響を及ぼさない」とし、排他的経済水域や大陸棚以外に中国の歴史的水域を主張する。つまり、中国の「わが国管轄水域」には歴史的水域が含まれると読むことが自然な解釈であろう。

中国が南シナ海のほぼ全域を歴史的水域として「九段線」で独自に囲い込んだ主張については、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が2016年、歴史的権利を明確に否定する裁定を下している。だが中国政府はこれを認めない立場だ。つまり海警法の整備は、南シナ海の活動を国内法的に担保する狙いもあると見ることができる。

旗国の同意なしに常時臨検可能

加えて海警法は、「管轄海域」という幅広い表現で「海上臨時警戒区域」を状況に応じて設定し、船舶や人員の通航、停留を禁止できると規定する(第25条)。その条件は「海上保安任務遂行に必要な場合」(同条第1項)など5項あるが、第5項では「必要とするその他の状況」と非常に解釈の幅が広く、当局が恣意的に設定できる規定となっている。

問題は、戦時であれば、戦時国際法で交戦国が封鎖を宣言し、海域を限定して、はじめて他国の船舶を臨検し、あるいは拿捕する権利を行使できる。だが、海警法は平時の法執行活動が主体であり、そうした事前の手続きは全く必要としないことだ。

本来、平時においては旗国主義のもと海洋の自由利用が基本で、外国船舶を規制することはごく例外的であり限定的だ。

例えば、テロ活動や大量破壊兵器の拡散など海洋における新たな国際法上の問題を認識する端緒となった1985年の「アキレ・ラウロ号事件」という旅客船ハイジャック事件を想起したい。この事件を契機に1988年に採択されたのが「海上航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(SUA条約)」である。このSUA条約では、疑いのある船舶に対して旗国以外の船舶が臨検するには、旗国の同意を前提とする。

しかし、海警法はSUA条約への言及はない。旗国の同意を求める規定も見当たらない。旗国の同意なく臨検の権利を行使できるのは、海洋法条約第110条に規定される海賊行為、奴隷取引、無国籍船に対してだが、海警法の中にはこれらの記述もない。

海警法が規定する海上臨時警戒区域の設定に、国際法上適切な根拠を見出すことは困難であると結論せざるを得ない。

意思疎通ないまま不測の事態も

今回は、上記2点の違和感に限定して指摘した。もちろん看過できない問題は他にもあるが、重要な点は、中国側がこれらを法的根拠として実際の行動に移すと、問題が顕在化する恐れがあることだ。国際法の解釈に違いがあり、意思疎通もないままでは、突発的な不測の事態に至る蓋然性は高いだろう。

冒頭に紹介した中国国防部と我が国防衛省のオンライン会議では、中国軍と自衛隊の偶発的な衝突回避のための「海空連絡メカニズム」が話し合われたという。しかし、尖閣諸島で対峙しているのは中国海警と海上保安庁である。彼らこそ、衝突回避のためのメカニズムが必要なのではないか。