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2021.06.24 (木) 印刷する

ハメネイ後へ布石打ったイラン保守強硬派 森戸幸次(静岡産業大学名誉教授)

 6月、「中東の暴れん坊」と称されるイランとイスラエルで政権交代が相次いだ。混迷する動乱時代の中東と国際社会に新たな攪乱要因になるのか。

18日、イランで大統領選挙が実施され、国際協調を重視する穏健派のロウハニ師に代わって反米保守強硬派のライシ師(60)が選ばれた。40年前、イランはイスラム革命でパーレビ王制独裁を打倒してイスラム法学者が統治する政教一致の「イスラム共和国」を樹立、最高統治者(最高指導者)による革命体制の存続に唯一の正統性を求めてきた。

揺らぐ「神権統治」

しかし、市民社会の民意に唯一の正当性を見る欧米流の自由・民主主義の価値観からすると、世界に稀なこのイラン独自の「神権統治」は、民意を制限する強権的な専制支配であり、一つの価値観を社会全体に強制する全体主義的な側面は否めず、自由・民主化・人権という普遍的な価値観を標榜する国際社会のグロバール時代に逆行しているように見える。

中東では10年前から、自由と民主化を求める「アラブの春」(アラブ民主革命)が始まり、エジプトなど独裁体制が民衆の手で次々に打倒され、「自由・民主化」が進展したが、革命後は国家統治の在り方を巡って対立、混迷が深まっている。イランでも物価高騰に端を発した市民による反政府デモなどの「テヘランの春」が「革命体制」を揺るがす地殻変動に幾度も見舞われたが、「イスラム革命体制」の擁護は、市民社会への締め付けなどの強権化を通して維持されてきた。

市民社会における「自由」と「法・秩序」をめぐる国家統治の在り方は、西洋ではカントの「市民共和制」論やヘーゲルの「法の哲学」による近代国家論、東洋では国家の法秩序を重視する専制的な「法治国家」論など、人類にとって望ましい様々な政治理論の構想が模索、実践されてきた。こうしたイラン型のイスラム統治形態も、同国の歴史的、現実的な要請から生まれた「統治理論の実験」と言える。

今回、法と秩序を重視する保守強硬派のライシ師が新大統領に選ばれたことは、体制擁護派にとって域内動乱の混迷化から身を守る「最後の防波堤」であり、7月に82歳になるハメネイ最高指導者の後継体制確立への布石であることは間違いない。

核合意復帰・制裁解除目指す

その一方で、過去最低の投票率(48.8%)に見られるように、変化を求める若者ら半数以上の国民からは「新大統領信任」のお墨付きを得られなかった厳しい現実もある。民意の「正当性」が揺らぎ始めた兆候と言えるが、今後はイラン革命以来最大の「体制危機」に直面する事態を回避するためにも、西側の経済制裁下で苦しむ厳しい市民生活から抜け出すため、「制裁解除に尽力し、国益を最優先させながら、核合意を復活させる」(ライシ次期大統領)方向を辿るだろう。ライシ師は当選後初の会見で「ウィーンの核協議を支持する。制裁解除はイラン外交の中心であり、米国は核合意に直ちに復帰して全ての制裁を解除するよう求める」と訴えた。

イスラエルの新政権も気がかり

もう一つの「中東の暴れん坊」イスラエルでも6月13日、主に世俗勢力を糾合した連立政権が発足、国内政局の混迷からようやく抜け出した。国会で信任投票に必要な過半数(賛成60、反対59、棄権1)ぎりぎりの船出となったが、同国史上初めて一部のパレスチナ系アラブ政党(4議席)が参加した「呉越同舟」の寄り合い所帯だけに、いつ座礁しても不思議ではない。

と言うのは、ベネット新首相は世俗・宗教右派政党(7議席)の出身で占領下のヨルダン川西岸併合が持論であり、イラン敵視政策もネタニヤフ前政権から受け継ぎ、「イラン」と「パレスチナ」を中東政策の要に据える米バイデン新政権との間で対立の火種を抱えているためだ。「核」をめぐるイスラエルとイランのつばぜり合いから目が離せない。