バイデン米大統領とプーチン・ロシア大統領が対面による初の首脳会談をジュネーブで行った。バイデン氏が就任からわずか5カ月足らずでプーチン氏との会談に踏み切ったのは、専制主義陣営の本丸である中国の抑止に注力するため、ロシアとの関係を「安定的で予測可能」にしておく狙いからだった。バイデン政権は今回の会談でそのための「基盤」ができたと評価しているが、先行きは決して楽観できない。
核軍縮でも協議開始というが
3時間に及んだ会談で決まったことは大きく2点ある。第1は核軍備管理に向けた「戦略的安定対話」を始めるということだ。米露間では2月、期限切れ寸前だった新戦略兵器削減条約(新START)が5年間延長されたものの、米露が進める新型核兵器の扱いや、中国にどう軍備管理の網をかけるかが課題となっている。新STARTの後継となる軍備管理体制について米露が協議を始めることになる。
第2は、サイバー空間の安全保障に関して専門家の協議体を立ち上げることだ。米国でロシア発のサイバー攻撃による被害が深刻さを増していることが背景にある。
米国で昨年12月に発覚した大規模攻撃では、ネットワーク管理ソフト大手「ソーラーウィンズ」の更新プログラムに仕込まれたウイルスを通じ、広範な政府機関や企業が被害を受けた。「露情報機関による米史上最も深刻なサイバー侵入」(米上院議員)だった可能性が指摘されている。今年5月にも、米石油パイプライン大手がランサムウェア(身代金要求型ウイルス)による攻撃を受け、操業停止に追い込まれた。
プーチン政権は一連のサイバー攻撃に対する関与や責任を全面的に否定しており、バイデン政権は専門家会合による「サイバー空間の規範づくり」を通じてロシアの行動を抑制したい考えだとみられる。
対米で自信つけたプーチン
プーチン氏に親近感を抱いていたトランプ前米大統領が初の本格的な米露首脳会談を行ったのは、就任から約1年半後の2018年7月だった。バイデン氏がロシアに早期の首脳会談を持ちかけたのは、中国との「二正面作戦」を避けたい、ロシアにはおとなしくしていてほしい、との思いからである。
バイデン氏は会談内容について、「ロシアと向き合って行く上での明確な基礎を築いた」と評価した。だが、バイデン政権が所期の成果を挙げられるかはロシアの今後の行動にかかっており、危惧されることがいくつもある。
まず、プーチン政権は今回の会談で自信を深めている。ロシアにしてみれば、経済力や総合的国力で米中に太刀打ちできないにもかかわらず、核戦力やサイバー戦力によって米国を「対等の交渉」に引きずり出すことに成功した。これに味をしめたプーチン政権が増長し、米国の譲歩を引き出す狙いでサイバー攻撃などの攪乱活動をいっそう強化する恐れがある。
プーチン政権はまた、米国が中国抑止を最大の課題としていることも十分に見透かしている。ロシアが米国の思惑を逆手にとって対中傾斜をさらに進めることが考えられ、中国もロシアの引き込みに力を入れるだろう。今日のプーチン政権が専制主義を信奉する「価値観」を中国と共有している現実も忘れるべきでない。
弱み見せればつけ込むロシア
プーチン氏は、米中露などいくつかの「大国」が勢力圏を認め合い、世界を分割統治するのが理想的だとする国際政治観を持っている。ロシアが今後、軍備管理やサイバー安全保障の協議に応じるのと引き換えに、ロシアの人権問題や旧ソ連諸国の情勢に干渉しないようバイデン政権に迫るのは確実だ。
ロシアとの対話に意味なしとはしないが、それだけでプーチン政権の行動を変えるのは難しく、弱みを見せればつけ込まれる。バイデン政権はこのことを認識し、ロシアの不法行為には対露制裁強化などで厳しく対処する姿勢を貫くべきだ。先進7カ国(G7)や北大西洋条約機構(NATO)といった民主主義陣営の枠組みを強化し、結束して中露に対抗することもきわめて重要である。