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2021.09.21 (火) 印刷する

中国を戦略抑止する硬軟2枚のカード 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

アフガニスタンからの撤収で戦術的な痛手を受けたバイデン米政権が、具体的に「対中リバランス」へと動き始めた。バイデン政権がすぐに手を付けたのが、米英豪3カ国からなる安全保障の新しい枠組み「オーカス」の発足と、日米豪印4カ国安全保障戦略対話「クアッド」の対面による初の首脳会議である。米国はこれら2枚の抑止カードで中国を包囲する構えだ。撤収の失敗が米国の威信を傷つけてしまった以上、持てる外交・安全保障の資産を「アジア正面」に集中させ、中国に対する戦略的抑止の効果を上げなければならない。

軟のクアッドに硬のオーカス

まず、米英豪3カ国が、9月15日開催のオンライン首脳会議で、中国の影響力拡大に対抗する安全保障の枠組みを発足させた。この枠組みは3カ国の頭文字をもじってAUKUS「オーカス」と名付け、その第一歩として米国がオーストラリアに原子力潜水艦を配備する技術と能力を提供し、8隻の建造を目指すことになった。

中国の軍事力は急速に拡大を続けており、海軍艦船の規模では2020年に米軍の296隻に対して中国軍が350隻となって、ついに隻数で米国を抜いた。このうち米中の潜水艦保有数もまた、米国の52隻に対して、中国が62隻と上回る。

しかし、米海軍の潜水艦は52隻すべてが原子力潜水艦であるのに対し、中国のそれは原潜が7隻にとどまり、実際には能力で勝る米国が優位を維持している。これに、オーストラリア軍の原潜が加わると、米英豪で中国を強力に抑止することができる。ワシントンはまた、トマホークミサイル、極超音速兵器、精密攻撃ミサイルをオーストラリアに移送するという(National Review 9/17/2021)。

インド太平洋地域における安全保障上の協力枠組みには、すでに日米豪印によるクアッドがある。こちらが4カ国以外にも広げる「ソフト・アライアンス」(柔軟な同盟)であるのに対し、オーカスは軍事的な協力を軸とする「ハード・アライアンス」(強固な軍事同盟)といえる。

真っ先に反応した在米中国大使館は、オーカスを「彼らは冷戦思考とイデオロギーに関する偏見から抜け出すべきだ」と不満の常套句を吐いた。中国外務省がオーカスを「極めて無責任」「軍拡競争を悪化させ、国際的な不拡散を傷つけた」などと決めつけたことからも衝撃を受けた気配が分かる。

台湾を優先事項として協議を

バイデン大統領はアフガン撤収に関する8月の演説で、「理解すべき重要な点は、世界が変わりつつあるということだ」と述べ、「中国との真剣な競争に突入している」と宣言した。アフガン撤収の戦術的失敗は、「対中抑止」という戦略目的が揺るがなければ、痛手は最小限に抑えられると考えているようだ。

その核となるのは、「力の乗数」となる日米豪印4カ国の緩やかなクアッドで、首脳会談を9月24日にワシントンで開催する。バイデン政権はたとえ菅義偉首相の退陣が決まっていようとも、アフガン撤退後の対中国シフトを明示するためにも、できるだけ早く行動で示す必要があった。

今回の首脳会議では、中国の侵略を抑止するための2つの課題に果敢に挑戦できるかに注目したい。1つはインド太平洋地域で差し迫った危機である台湾を優先事項として協議することである。

今年3月のオンラインによる首脳会議では、武漢発の新型コロナウイルスの対策、サイバー安全保障、技術流出問題、そしてテロ対策が話し合われたが、差し迫った危機である台湾は省略してしまった。これを優先課題として協議できるかが問われるだろう。それはオーカスのように対中軍事抑止でなくとも、クアッドとして脅威の関心度合いを引き上げて名指しする必要がある。

それは1950年に当時のディーン・アチソン米国務長官が朝鮮半島を外して防衛線を日本列島からフィリピンにつなぐ「アチソン・ライン」として宣言したため、北朝鮮の南進を許してしまった教訓を想起すべきである。クアッドはすでに、南シナ海と東シナ海におけるルールに基づく海洋秩序に取り組む決定をしている。台湾に対しても同様に対処する意思を表明しなければ、クアッドが中国に立ち向かう枠組みであるかが危うい。

クアッド拡大の道を探れ

2つ目は、習近平政権が周辺国への露骨な圧力外交をやめない限り、4カ国以外にも枠組みを広げてソフト・アライアンス拡大への道を探ることである。ベトナムはじめ英仏蘭、そして台湾を含む「クアッド・プラス」の集団防衛体制の構築を視野に入れることも可能だ。

安倍晋三前首相が提案してクアッドが動き出した当初、中国はこれを無視し、やがて参加国が明らかになると分断を画策し、それも難しくなると激しく非難した。いまは、クアッドが東南アジアに拡散することを恐れている。

中国は米国主導のオーカスやクアッドの対中国包囲策をにらみながら、このタイミングで環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への加盟を正式申請した。背景にはオーストラリアへの鉄鋼石、牛肉、ワインなど経済制裁としてのツールをほとんど使い果たしてしまったうえ、対中抑止同盟のオーカス発足で逆効果を招いてしまった反省がある。

TPPはもともと、日米で中国を排除する狙いが込められていた貿易協定である。台湾が加盟に意欲を示しているところから、中国はこれを阻止するためにも機先を制する必要があった。トランプ政権が離脱してバイデン政権も及び腰であるところからも、中国が名乗りを上げてけん制するには絶好のタイミングであった。

しかし、中国の習近平国家主席は国内経済が不動産バブルの崩壊の気配があり、対外的にもインド太平洋でクアッドに加えてオーカスの発足で対中包囲網が強化された。習体制は来年秋の中国共産党大会に向けて正念場を迎えたことになる。