10月4日、岸田文雄政権が誕生した。岸田首相は、これまでの成長に偏重した結果、格差を生んだ新自由主義からの転換を図り、「成長と分配」の好循環を実現するための「新しい日本型資本主義」を掲げる。
新政権には、コロナ禍の終息が依然不透明な中、コロナ感染拡大以前から日本経済の抱えていた課題、すなわち経済成長の回復と財政再建に抜本的に取り組む政策の立案、実行が求められる。「新しい日本型資本主義」がこれらの課題にどのように答えられるかが問われる。
アベノミクスと何が違うのか
岸田首相の掲げる「新しい日本型資本主義」の何が「新しい」「日本型」なのか。アベノミクスとは何が違うのか。
岸田首相が会長を務める「新たな資本主義を創る議員連盟」設立趣旨によると、近年、「資本主義」の価値が揺らいでいる。要因の一つが「株主」資本最優先で、結果として適切な「分配」政策の欠如が起こっている。需要サイドの強化が実現しなければ、持続的な経済成長は実現できない―という。
こうした現状を打破するためには、新たな資本主義の形として、「人的」資本を大切にする「人財資本主義」、更に多種多様な主体に寛容な「全員参加資本主義」を実現しなければならないとし、何よりも分配政策の強化が不可欠であると主張する。
ただ、これらの問題意識は、既にアベノミクスのなかで「成長と分配の好循環メカニズム」の確立に向けた「ニッポン⼀億総活躍プラン」として掲げられている。そこでは、成長か分配か、どちらを重視するのかという長年の論争に終止符を打ち、「官製春闘」「一億総活躍」「同一労働、同一賃金」などで「成長と分配の好循環」を創り上げる。これは、日本が他の先進国に先駆けて示す新たな「日本型モデル」と呼ぶべきメカニズムである、と謳っている。
分配だけでは豊かになれない
強いて言えば、アベノミクスは、軸足を成長に置いていたのに対して、新しい日本型資本主義では、より分配に軸足を移す政策を掲げている。
とりわけ中間層への分配を手厚くする「令和版所得倍増」、子育て世帯の住居費や教育費の支援、エッセンシャルワーカーの報酬を「公的価格」と位置付けて、その引き上げを検討、いわゆる「1億円の壁」を打破するべく金融所得課税の見直しといった目玉政策を打ち出し、分配政策の強化を印象付けている。
しかし岸田首相は消費税増税を10年封印するとしている以上、その財源の多くは相変わらず国債で賄わざるを得ない。国債依存型運営という面ではアベノミクスと同じで、分配が次の成長につながるかどうかが問題である。潜在成長率を高める供給側の「改革」が影をひそめたのも危惧される。
これらは、2009年の民主党政権の経済政策を思い起こさせる。家計が豊かになることを目指すべきという考え方は正しいが、豊かな国民生活の実現のためには所得のパイを増やす成長戦略が必要不可欠である。企業活動が活性化しなければ、家計も豊かにならない。
成長は分配の前提であり、成長を通じて経済全体のパイを大きくしない限り、いくら分配に力を入れてもみんなが豊かにはなれない。
本来の経済成長実現に邁進を
岸田首相は、アベノミクスの「3本の矢」である、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本柱」を堅持するとしている。
アベノミクスは、異次元の金融緩和政策による円安誘導で輸出拡大を株価上昇に繋げ、国内総生産(GDP)を拡大させてきた。円安での経済取引とは、いわゆる薄利多売の経済取引であり、出来るだけコストを抑える必要がある。その結果、実質賃金は上がらず、非正規雇用の拡大にも繋がった。本来の成長政策より安易な円安政策を支えたのが、異次元の金融緩和である。
異次元の金融緩和政策は、日銀の国債購入を介して政府に資金が還流するという構図を定着させ、国債依存型の安易な経済運営を可能にし、経済危機意識を後退させ、財政健全化を遅らせてきた。
財政再建に繋げ、持続的な成長を実現するには、少なくとも金融緩和による国債依存を脱却し、経済成長による所得増加を実現できる正常な構造への復帰が必要である。
岸田首相の「人の話をしっかり聞く」特技は、具体的な政策の実行を伴ってこそ意味がある。岸田政権には、改革の痛みから逃げることなく、イノベーションに基づく本来の経済成長の実現に邁進することを期待したい。