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国基研ろんだん

2022.06.13 (月) 印刷する

中国のカンボジア軍事進出の狙い 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

中国がカンボジア海軍基地の改修に着手した。2年後に完成すれば、その一部を中国海軍が使用する見込みで、中国海軍にとって、アフリカ北東部のジブチに続いて2カ所目、インド太平洋地域では初の恒久的な海外拠点となる。中国の軍事拠点がインド太平洋地域でこれ以上増えないように、日本は米国、オーストラリアなどと調整しながら、域内途上国への援助戦略を再構築しなければならない。

「佐世保」の半分の広さ

6月8日の着工式典で改修が始まったのは、カンボジア南西部の港町シアヌークビル近くにあるカンボジア海軍のリアム基地だ。改修は中国の無償援助で行われ、中国企業が中国軍の技術者と協力し、船舶修理用の乾ドック、メンテナンス工場、二つの埠頭、電気・上下水道施設などを建設する。軍艦が入港できるように、海底のしゅんせつ工事も開始されたもようだ。

米紙報道によると、改修後、リアム海軍基地の敷地面積の約3分の1に当たる約24万平方メートルを中国海軍が独占的に使用する。この広さは東京ドーム5個分で、長崎県の米海軍佐世保基地の中核を成す「佐世保海軍施設」の敷地面積(約46万平方メートル)の約半分に相当する。

中国がカンボジアで軍事利用しそうなのは海軍基地だけではない。リアム基地の北西約60キロの「カンボジア・中国総合投資開発試験区」では中国企業がダラサコル国際空港を建設中だ。長さ3800メートルの滑走路が1本、3200メートルの滑走路が2本造られる予定で、既に3200メートルの1本が完成しており、今年中に部分的に開業する見通しだ。

成田空港の滑走路が現時点で4000メートルと2500メートルの2本しかないことを考えると、リゾート開発を表看板とする壮大過ぎる国際空港建設事業は疑念を生む。これだけの長さの滑走路が3本もあれば、中国空軍の長距離爆撃機や大型輸送機の発着が十分に可能だからである。

南シナ海や台湾有事にらむ

リアム海軍基地とダラサコル国際空港はどちらもシャム湾に面し、係争地の南シナ海に近接している。中国軍がこれらの施設を利用すれば、南シナ海を航行する米国とその同盟国の軍艦の動きを監視しやすくなるし、南シナ海や台湾の有事の際には作戦行動の拠点として使うことができる。リアム海軍基地には、米国の全地球測位システム(GPS)の中国版で軍事利用可能な「北斗」の地上局も設置されている。

中国は4月に南太平洋の島国ソロモン諸島と安全保障協定を結び、将来の軍事拠点として利用しかねないと米豪両国などの警戒を引き起こしたが、軍事拠点にする時期は既に施設が存在するカンボジアの方がずっと早いのではないか。

米国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書は、中国軍が海外の基地あるいは兵たん拠点として考慮しそうな候補国として、インド太平洋地域ではカンボジアの他、ミャンマー、タイ、シンガポール、インドネシア、パキスタン、スリランカを列挙している。

日米豪は対応後手に回る

中国が建国100周年の2049年までに「世界一流」の軍事力を持つとの国家目標に向かってまい進しているのに対し、日米豪を中心とするインド太平洋の民主主義陣営の対応は後手に回っている。中国がチャイナ・マネーを武器に開発途上国への影響力を拡大しているから、民主主義国側も途上国の需要に応じた支援が不可欠だ。

例えば、東南アジアや南太平洋の諸国は排他的経済水域(EEZ)内における中国漁船団の違法操業に悩まされているので、岸田文雄首相がシンガポールのアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で6月10日、インド太平洋の20カ国以上に今後3年間で少なくとも20億ドルを援助して巡視船供与や海上法執行能力強化を行うと表明したのは、時宜を得たものだった。

そうした海洋安全保障問題以外に、特に太平洋島しょ国では、気候変動に伴う海面の上昇が文字通り国家の存亡を左右する重大問題になっている。米豪両国などと連携しながら域内諸国のニーズを吸い上げて適切な援助を実行する努力が欠かせない。
 
 

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