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2023.02.06 (月) 印刷する

海保法25条に「何の穴もない」は本当か 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

先月末、沖縄県石垣市の調査船が尖閣諸島の環境調査を行った。海上保安庁の巡視船は中国の海警船を近寄らせなかったようであるが、次回もうまくいくとは限らない。

先月17日のBSフジのプライムニュースで、衆議院議員の新藤義孝氏は前海上保安庁長官の奥島高弘氏、東海大学海洋学部教授の山田吉彦氏との対談で、「海上保安庁は非軍機能を規定した海上保安庁法25条の下でも尖閣をしっかり守っており、何の穴もない」と発言した。

しかし筆者に言わせれば、第二海軍化している海警に対し、海保法25条を固守する海保は穴だらけだ。1月23日のオンライン外交誌ディプロマットは「中国の海洋グレーゾーン作戦における無人システム」とする論文に水中無人機の写真を付け、これが無人の係争島に対して使用される可能性を指摘している。中国の水中無人機は既に2019年の建国70周年軍事パレードに登場しているが、海保の巡視船はこれを探知できる水中センサーを持たない。これが第一の穴だ。

第二の穴は、2013年に尖閣周辺に飛来し、2017年にも海警が飛ばしたドローン(無人航空機)を探知できる対空レーダーを装備している巡視船は「しきしま」のみであること。第三の穴は、海上民兵や無数のドローンといった多くの目標が出現した場合、それらの情報を自動処理できる戦術情報システムを巡視船は装備していないことである。

必要なのはオンオフスイッチにあらず

奥島前海保長官は「2001年の奄美沖不審船事件対処でも海保が正面に出て、軍事活動でなかったので北朝鮮の面子が保てた」と主張した。北朝鮮独裁者の面子を保つために海保が存在する訳でもなかろう。奄美沖不審船事件の時、軍機能不所持の海保は不審船を引き上げたものの、搭載ミサイルや砲、通信機器等の解析・評価ができなかった。防衛庁(現防衛省)に依頼すると海保法25条に触れかねないことを嫌がってか、米海軍に解析・評価を依頼した。米海軍の高級幹部が当時情報本部長であった筆者に教えてくれた。

奥島氏は、東南アジア諸国との交流では軍(自衛隊)でない海保であったが故に信頼を得られたと主張するが、それも1970年代までのことであって、80年代に筆者が艦長としてフィリピン等に寄港した際に反軍感情と言ったものは全く感じられなかった。今、東南アジア諸国は、むしろ軍拡著しい中国に対するカウンターバランスとして自衛隊が来てくれる方を期待している。

奥島氏は2月2日のBS日テレの深層NEWSでも「軍事と非軍事をきちんと分け、得意分野を融合することが重要だ」と発言していたが、今求められているのはオン(有事)オフ(平時)スイッチではなく、グレーゾーンに対応できるスライダック(出力電圧を連続的に変えられる変圧器)のような柔軟さであり、それには軍機能を否定している海保法25条が障壁となる。

日米共同のネットワークに入れ

番組を通して感じたのは、米国が日米安全保障条約第5条の対日防衛義務を発動すると明言している尖閣有事でも、台湾有事でも、対応は日米共同で行われるという視点が欠かせないことである。

すなわち海保、海上自衛隊、米海軍、米沿岸警備隊が共同して作戦行動を行うことであり、この4者の中で海保の巡視船だけが、リアルタイムで共通の作戦図(Common Operational Picture)をデータリンクによって交換できる海軍戦術情報システム(Naval Tactical Data System=NTDS)ネットワークに入っていない。

第2次大戦後、英海軍が行ったシミュレーションで、熟練オペレーターが対処できる目標の数はせいぜい12程度であり、20以上の目標に対しては完全に破綻してしまうことが判明し、NTDSが開発された。今回、石垣市が行った尖閣調査で、周辺海域に集まった日中の船舶数は合わせて約20であった。

中国は今回日本にしてやられたと思い、次回は海上民兵や巡視船に探知されないドローン、水中無人機等を多数繰り出し、巡視船の情報処理能力をパンクさせる戦術をとってくるだろう。

「海保法25条の下でもしっかり尖閣を守っているから法改正の必要なし」というのは「これまで憲法の前文と9条があっても日本は攻め込まれていないから憲法改正しなくても大丈夫だ」と主張するのと同じ非軍メンタリティーだ。(了)