公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.11.11 (月) 印刷する

米国の戦前への回帰を警戒せよ 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

後世の歴史家が2024年の米大統領選挙を振り返る時、第2次世界大戦後に米国が民主主義世界のリーダーだった時代の終わりを確定する転換点だったと位置づけるのではないか。トランプ共和党候補(前大統領)のハリス民主党候補(副大統領)に対する完勝は、「米国第一」を外交の特徴とする「トランプ現象」が一時的なものではなく、トランプ政権の4年間の空白にもかかわらず、米国に深く根付いていることを示した。

孤立主義、保護主義の足音

トランプ氏の外交姿勢には、戦前への回帰と思えるものが多い。とりわけ欧州防衛への冷淡さは、米国の伝統的な孤立主義を想起させる。米国は建国以来、欧州の紛争に関与しないことを国是とし、欧州の国家と平時に同盟関係を結ばなかった。戦後まもなく米欧間で結ばれた北大西洋条約機構(NATO)は、米国が孤立主義を脱した象徴だった。
トランプ氏はその象徴を骨抜きにしようとしている。2023年12月に成立した米国の国防権限法により、大統領は議会の承認なしにNATOから脱退できなくなった。しかし、トランプ氏がかねて主張するように、防衛費の不十分なNATO加盟国に対する防衛義務を米国が果たさないなら、NATO解体と実質的に同じである。

戦後の米国のリーダーシップのもう一つの柱は、自由貿易体制の構築だった。戦前の各国の保護貿易政策やブロック経済化が大戦の一因になったとの反省から、米国が中心になって多国間の貿易自由化を目指す関税貿易一般協定(GATT)が締結され、それが今日の世界貿易機関(WTO)へつながった。トランプ氏が政権2期目に中国製品への60%の関税賦課だけでなく、同盟・友好国の製品にも一律10~20%の関税をかけると主張しているのは、戦前の反省を忘れてしまったかのようだ。

さらに戦前との類似性を意識せざるを得ないのは、トランプ氏がロシアのプーチン大統領と「取引」をし、ウクライナに領土的譲歩を強いて、戦争のさらなる拡大を回避しようとしていることである。1938年、当時のチェンバレン英首相がチェコのズデーテン地方のドイツによる併合を認め、ナチス・ドイツの領土的野心を収めようとした宥和政策の失敗が頭をよぎる。

あと4年で終わらない「米国第一」

トランプ氏はウクライナ問題でロシアと取引をしても、中国のアジア支配を許すことはないから孤立主義の懸念はないと高をくくっている向きもあろう。現に、2期目のトランプ政権で安全保障分野の要職に就く可能性のあるエルブリッジ・コルビー氏(1期目の政権で国防副次官補)などは、欧州とアジアで同時に戦争をする力は今の米国にないので、アジアで中国の覇権を許さないことを優先するよう主張し、台湾防衛の重要性を強調している。しかし、トランプ氏がコルビー氏ら安全保障専門家と意見を共有している証拠はない。トランプ氏は台湾防衛に米軍が来援すると発言したことは一度もないのだ。言い換えると、「米国第一」が欧州だけに適用され、アジアに適用されない保証はない。

「米国第一」はあと4年間のトランプ政権で終わらない。その後には、トランプ氏の信奉者で後継者のバンス次期副大統領が控えている。日本は今回の大統領選挙によるトランプ政権の再登場が米国の大きな変化を体現していることを認識して、外交・安全保障政策を組み立て直さないといけない。戦前と今では時代も背景も違うと、安閑とてしているわけにはいかない。(了)