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2024.12.23 (月) 印刷する

シリアの化学兵器廃棄に日本は貢献できる 黒澤聖二(国基研企画委員兼研究員)

12月8日、父の代から54年間続いたシリアのアサド政権がシャーム解放機構(HTS)など反体制派の首都ダマスカス制圧を受け崩壊し、バッシャール・アサド大統領はロシアに逃亡した。10日に樹立された暫定政権には課題が山積する。特にシリア国内は様々な勢力が入り乱れ、それを支援する各国の思惑も交錯し、状況が複雑化しているが、気がかりは化学兵器の行方である。

前政権の置き土産

シリア国内の反政府系組織のうち、暫定政権の中核となるHTSは、イスラム系テロ組織アルカーイダのシリア支部ヌスラ戦線を引き継ぐともされ、米欧によるテロ組織指定も未解除で、新政権を安定して運営できるか疑問が残る。

これに、前政権のシリア正規軍から離反して組織された自由シリア軍、クルド勢力を抑止するためトルコが支援するシリア国民軍(SNA)、米国が支援しSNAと敵対するクルド人民兵で組織されたシリア民主軍(SDF)など、彼らの動向はいまだ不明である。

このような流動的で複雑な情勢の中、シリア新政権の抱える課題の一つは、前政権の置き土産である化学兵器の処分だろう。12日、化学兵器禁止機関(OPCW)のニコール・シャンペイン米大使が、シリアに残存するとみられる化学兵器を除去する好機が到来したとの認識を示したように、国際社会の優先事項である。

内戦で政府軍が使用

シリアは、2013年に化学兵器禁止条約を批准しOPCWにも加盟した。それは、2011年から続いた内戦においてシリア軍の化学兵器使用疑惑に対し、米国のシリア攻撃の機運が高まり、やむなく条約を批准したのである。しかし、その後もアサド政権が自国民に対し化学兵器を使用したという報道が後を絶たなかった。

化学兵器使用を査察・検証する国際機関であるOPCWの下に設立された国連との共同調査メカニズム(JIM)は、2017年3月、シリア軍がラタミナとハーン・シェイブンで神経剤サリンと塩素ガスを使用したと結論付けた。その後JIMはシリア政府を支援するロシアの国連安保理における拒否権発動で存続が不可能となったが、代わりにOPCWが調査特定チーム(IIT)を発足させた。IITは2017年のラタミナでのサリンと塩素ガスの使用(第1回報告書、2020年)や、2018年にダマスカス近郊のドゥーマで起きた政府軍による塩素ガス使用を認定した(第3回報告書、2023年)。

ドゥーマでの化学兵器使用に対し、米英仏は関連施設3か所へのミサイル攻撃に踏み切った。そもそも、国際法は他国への攻撃を原則認めないが、人道上看過できない例外措置として、米英仏は攻撃を決断したという。化学兵器には、その拡散を懸念する西側諸国が一線を越えて攻撃行動に出るだけのリスクがあるということである。

過激派に渡る恐れ

アサド政権崩壊後の12月13日、OPCWはシリアに残っているはずの化学兵器と関連施設がテロ組織に利用されることを懸念し、緊急会合を開いた。フェルナンド・アリアス事務局長は、過去数年にわたるOPCWの報告書を基に、アサド政権が内戦で化学兵器を使用し、過激組織「イスラム国」がマスタードガスを使用したことにも触れ、国際社会に警鐘を鳴らした。

アサド政権崩壊の機に乗じたイスラエルは、シリア国内の軍事施設を中心にこれまでに約500回の空爆を実施した。その目標には化学兵器製造施設も当然含まれる。OPCWのアリアス事務局長が、化学兵器関連施設に攻撃が及べば汚染のリスクがあると注意喚起し、グテレス国連事務総長も攻撃の即時停止を要求したが、イスラエルの攻撃は続いている。

他方、ロシアはOPCWの活動を放置しておくと、シリアの化学兵器製造や使用に協力してきたという疑念を追及される懸念があり、今後OPCWの活動を妨害することもあるだろう。トルコは化学兵器がクルド人勢力の手に渡ることを懸念し、SNAを通じてSDFに実力行使する可能性がある。また、米国が懸念するように「イスラム国」の手に渡ることは、次の大きなテロを誘発するため、西側諸国は是が非でも阻止する必要がある。

日本のノウハウが生きる

以上のようにシリアの化学兵器を巡り、勢力間の駆け引きが続き、しばらくは混乱が収まらないと思われるが、いずれにしても、OPCWが現地調査を実施して化学兵器の存在場所を特定した後の課題は、その処理ということになる。わが国は化学兵器の処理という観点では長い経験があることを忘れてはならない。

実際、中国における日本の遺棄化学兵器の回収・処理を2000年に黒竜江省で開始して以来、これまでに約9万8000発の化学砲弾を発掘・回収、保管し、2010年から移動式処理設備による廃棄を開始、これまでに約6万6000発を処理した実績がある。このような技術的ノウハウを、新生シリアに提供することは、わが国が貢献できる道ではないだろうか。

繰り返すが、中満泉・国連事務次長兼軍縮担当上級代表が、シリアによる大量の化学兵器製造の可能性を指摘する通り、その行方には全世界が注目している。今後、日本が主体的に問題解決に尽力していくことを期待する。(了)