8月31日と9月1日、中国の天津で上海協力機構(SCO)の首脳会議が行われた。新興・途上国「グローバルサウス」の反米化を先導したい中国にとって、SCO首脳会議をこの時期に自国で開催できるというのは願ってもないことであった。首脳会議では、習近平国家主席が「冷戦思考、陣営対抗、いじめ行為に反対する」と述べて加盟国に結束を呼び掛けた。中国はSCO開発銀行を早期に設立して年内に20億元(約400億円)の資金協力を行うことを明らかにした。
ロシアのプーチン大統領も演説を行い「時代遅れの欧州中心モデル、欧州大西洋モデルにSCOは取って代わるものだ」と述べた。9月1日には多国間貿易体制の強化などを盛り込んだ「天津宣言」が発表され、加盟国がテロ対策、安全保障、エネルギー分野での協力を強化することが確認された。
モディ首相、軍事パレード欠席
今回とりわけ注目されていたのは、7年ぶりに中国を訪問したインドのモディ首相と習近平主席の首脳会談であった。両者は2024年10月にロシアのカザンで行われた新興国グループBRICSの首脳会議の折に5年ぶりとなる首脳会談を行っており、外交関係の改善を模索していた。その後、中国はチベット自治区のカイラス山とマナサロワル湖の2つの巡礼路もインド人向けに再開したほか、インドへの尿素やレアメタル(希少金属)の輸出に対する規制やインドからの輸入に対する規制を緩和した。インドにとって、中国から尿素が輸入されることで農民向けの肥料の価格が下がるという経済的メリットがあった。
一方のインドは2021年以来となる中国へのディーゼル燃料輸送を開始した。ロシアに支援される供給元のインド製油会社ナヤラ・エナジーがロシアのウクライナ侵攻を理由に欧州連合(EU)の制裁を受け、輸送先をマレーシアから変更したことによる。加えて、中国人向けに観光ビザが発給され、両国を結ぶ直行便も再開された。
しかし、今回の首脳会談では国境問題で目立った進展がなかった。「(中印国境衝突発生前の)2020年4月以前の状態に国境を戻す」というインドの条件に中国が応じないばかりか、インドとの国境に村を建設して地名も中国名に書き換えていることなどがインド側で問題視された。今年5月の印パ武力紛争で中国がパキスタンに兵器を供給したことも信頼関係構築の大きな障害となった。インド人専門家のコメントでも、今回、中印首脳が合意した内容はトランプ米大統領による高関税の発表より前に両国が進めてきたことと変わりがない、という意見が大半であった。
首脳会議で習近平主席は、多極化する世界を主に欧米が支配する世界秩序に挑戦するものとしてとらえ、中国を国際ガバナンス再構築のためのリーダーとして位置づけたのに対し、モディ首相は戦略的自主権、平和的共存、相互尊重と利益に基づく中印の協力を強調し、欧米とのイデオロギー的対立はあまり重視せず、現実的な関係を重視した点で、相違が見られた。9月3日には北京で「抗日勝利80周年記念」の軍事パレードが行われたが、モディ首相はじめインド高官は出席することなく帰国した。
インドの基本は多方面外交
一方、プーチン大統領とモディ首相の親密な関係が目を引いた。とりわけメディアの注目を集めたのは、プーチン大統領がロシア製の専用車にモディ首相を乗せて2人で首脳会談の会場まで移動したことだ。会場に到着してからも車中で2人は45分間にわたって会話を続けた。これは事前に計画されていたことではなく、プーチン大統領の発案だったようである。合計で小一時間に及ぶ2人だけの時間は、通訳を介して50分だった中印首脳会談よりも充実していたに違いない。安倍晋三首相亡き後、モディ首相が最も信頼できるのはプーチン大統領であることを印象付けた。
インドの外交はあくまで多方面外交である。米国との関係が悪化する中で、ロシアからは兵器とエネルギーを調達し、日本からは企業の直接投資を望むといった具合である。日米豪印4か国による協力の枠組み「クアッド」は先行き不透明であるが、インドは中国への警戒心を全く弱めていない。8月4日から8日までフィリピンのマルコス大統領がインドを訪問した。マルコス大統領は「自由で開かれたインド太平洋」についてモディ首相と議論したが、その内容は「共通の価値観」など日印間で使われるものに近かった。
「多極化する世界」で「戦略的自律」を重視するインド外交は、反米で新興国の結束を目指す中国やロシアの方向とは異なる。ウクライナ戦争に関しても、戦争を継続したいロシアと停戦を呼び掛けるインドの立場には乖離がある。ロシアのラブロフ外相が呼び掛けた「RIC」(露印中の3カ国)の対話再開にもインドは応じていない。
揺らがない日本の信用
8月29日から30日にかけて、モディ首相が来日した。モディ首相の日本訪問は2023年の主要7か国(G7)広島サミット以来で、首脳同士の相互訪問としては7年ぶりである。2022年に掲げた日本の対印官民投融資5兆円の目標はすでに達成され、今回の首脳会談では「今後10年を念頭に10兆円の対印民間投資を行う」という目標が打ち出された。170件の覚書(MOU)が結ばれ、そこではレアメタルや半導体関連などの経済安全保障面での合意も含まれた。
8月29日に東京で行われた「日印経済フォーラム」には、集まった多数の日本人を前にモディ首相が「メイク・イン・インディア」に続く「メイク・フォア・ザ・ワールド」というキャッチフレーズとともに、日系企業がインドの生産拠点からアフリカなどの新興国へ輸出することへの期待を語った。高関税の米国市場に代わる輸出先を探しているインドが日本に期待するのは当然の流れである。すでにスズキのインド子会社スズキ・マルチは30万台の自動車をインドから輸出しており、他の日系企業も続くことを期待したい。
ムンバイ・アーメダバード間の新幹線計画については、当初導入予定であった「E5系」の価格交渉がまとまらず、日本が現在開発している次世代新幹線車両「E10系」を2030年代初頭にインドに導入するということで合意し、コスト面での交渉は仕切り直しとなった。8月30日、モディ首相と石破茂首相は新幹線に同乗して宮城県を訪れ、インドの半導体国産化において役割を果たすことが期待されている半導体製造装置メーカー、東京エレクトロンの生産拠点を視察した。
両首脳は「日印首脳共同声明」や「今後10年に向けた日印共同ビジョン」等を発表し、日印関係を「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」としてさらに発展させる決意を示した。今後5年間に双方向で50万人の人材交流を行うという目標も掲げられた。米国の信頼が失墜したのに対し、インドにおける日本の信用は揺らぐことがない。SCO首脳会議の前に日印両国が良好な関係を対外的に示せたことは幸いであった。
最近では、トランプ大統領が年内にインドで行われる予定のクアッド首脳会議に出席せず、9月のニューヨークの国連総会をモディ首相が欠席するようだ、といった報道も流れている。これまで、国連総会の折にモディ首相がトランプ大統領と会談することも期待されていたが、両首脳の信頼関係修復への道のりは遠そうだ。
中印関係に進展はないとはいえ、露印関係は確実に深化している。米印関係の悪化で年内のクアッド首脳会議開催も危ぶまれる中、新しく選ばれる日本の首相には、故安倍首相を見倣って、米印関係の潤滑油としての役割を少しでも果たしてもらいたい。(了)