公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.05.26 (月) 印刷する

情報機関と機密費を正しく理解せよ 鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト)

 のっけから映画の話で恐縮だが、何しろ戦後70年近く日本には、本格的な情報機関が存在していない。情報機関創設といったところで、見た事もないものをいきなり造れと言われても、土台無理な話で、しからば外国のスパイ映画でも見るのが早道ということになる。
『ミスター・アンド・ミセス・スミス』はブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの演ずるスパイ・コメディだ。夫婦がそれぞれ別の情報機関に所属しているスパイなのだが、互いに相手の素性に気づいていない。
 ところがこの二つの情報機関は敵対関係にあるので、ある日、互いに相手がそこのスパイであることを知って大騒ぎになるというストーリーである。
 この夫婦はそれぞれ別の会社に勤めているが、実はそれぞれの会社が丸ごと情報機関なのである。つまり情報機関員が会社員を装っているというより、情報機関が会社を装っていると言う方が正確だ。
 実はこのやり方はかなり一般的で、日本でインターネットが普及し始めた頃、IT関連企業の中に外国の情報機関の手先ではないかと思われる企業が多数あると囁かれていた。
 情報機関も民営化の時代かと思う方もおられようが、歴史を振り返ると情報機関はもともと民営である。英国の情報機関の父といわれたのは、16世紀に活躍したフランシス・ウォルシンガムである。
 彼は駐仏大使として勤務して、「1573年に帰国、エリザベス女王の詔勅を受けてロンドンで最初の国家レベルの総合的な情報機関を創設し、その責任者に就任した。直ちに彼は、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、トルコなどに密かに腹心のスパイを送り込み、スパイ・ネットワークを構築する。その数は約70人に及んだ。国外にいる自国の外交官全員を、その忠誠心が完全に証明されるまで監視するためだった。このスパイ・ネットワークはほとんど彼の個人的な資金で賄われた。『情報には、いくら金を払っても高すぎることはない』が彼の持論だった」(川成洋『紳士の国のインテリジェンス』より)。
 昨今は内閣官房機密費の額までもが情報公開されるようだが、機密費は機密だから機密費なのであって、額はもちろん、その存在すら知られてはもはや機密費とは言えない。情報機関の予算を国会で審議したら、もはやそれは情報機関ではない。
 今の日本に必要なのは情報機関をいかに造るかの議論ではなく、機密費をいかに捻出するかの算段であろう。