公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.06.16 (月) 印刷する

TPPをめぐる情報戦と農政の大局観 磯前秀二(名城大学教授、農学部長)

 日本農政についての大局観は、米騒動に注目すると見えてくる。「大正の米騒動」(1918年)は、それまでの大地主主導型の土地改良事業を、多額の補助金投入によって推進される国家主導型の土地改良事業に変えた。地主は頼りにならない、国に頼ろうと世論が一変したからである。この規制強化の流れは生産面に留まらず流通面にも及び、食糧管理法(1942-1995)が制定されることになった。
 そして時は流れ、1994年2-3月をピークとして「平成の米騒動」が起きた。世論は、国は頼りにならない、市場に頼ろうと一変した。規制強化農政から規制緩和農政への転換となった。食糧管理法は廃止され、新食糧法(1995-)が登場した。米の卸・小売業務への新規参入が許可制から登録制へ変わる等の変化がおきた。その後、規制緩和は生産面にも及び、株式会社等の一般法人についても農地賃借であれば全国どこでも農業経営が可能、借地年数上限を20年から50年に引上げ等となった。
 そして、農産物だけが対象ではないがTPP交渉である。TPPでは「自由化」の意味が、それまでの関税化から大きく変わり、原則関税撤廃&猶予年数になった。こうして農政も規制緩和がどんどん進んでいくように思われているが、「近いうちの」米騒動によっては農政の方向が変わることを念頭に置かなければならない。米生産調整廃止、飼料米への転作補助金引き上げにより、実収入は主食米でも飼料米でもさほど変わらなくなるが、このことは主食米の生産意欲が相対的に弱まることを意味する。こうした経営環境下で異常気象に襲われれば米騒動が勃発しかねない。その際の農政転換に備えて、今のうちから新しい農政ビジョンを構想しておく必要がある。
 例えば、施設園芸や畜産、加工部門や販売部門を担う株式会社農業経営については、十分な投資を行わせるために農地購入を認める構造改革(広域)特区を考えてはどうだろう。私の研究によれば、現在のように農地賃借では十分な農業投資は実行されず、生産性や付加価値の飛躍的向上は困難である。法人では農業生産法人のみ農地購入を認めるというのでは、日本農業全体としての投資は不十分になる。農業経営形態の多様化による逞しい農業が目指されるべきでは。ところで日本農村では急速な人口減少・高齢化が進行している。このことへの対応として日本農村への外国人移民の必要性を説く向きがあるが、的外れである。農村の人口急減とはすなわち農業経営規模拡大ニーズの急速な高まりであり、強い日本農業構築の時機と捉えるべきである。