公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.10.27 (月) 印刷する

日韓議連訪韓団の迎合と朴裕河氏の正論 島田洋一(福井県立大学教授)

 2014年10月25日、超党派の日韓議員連盟と韓日議員連盟がソウルで合同総会を開き、慰安婦を初めて正式議題とした上、「歴史問題の象徴的な懸案である慰安婦問題において正しい歴史認識のもとで、当事者たちの名誉回復と心の痛みを癒すことができるような措置が早急に取られるよう双方が共に努力する」との共同声明を発表した。
 ここで、「当事者たちの名誉回復」とは一体いかなる意味なのか。常識ある日本人の誰一人、元慰安婦たちが喜んで苦界に身を投じたなどとは言っていない。貧困に苛まれ、女衒の欺瞞に乗せられた例がむしろ一般的であったろう。
 ただ、日本軍が組織的に強制連行・性奴隷化を行ったという非難は事実に反する、その点は受け入れられないと言っているだけである。そもそも貶めてもいない元慰安婦たちの「名誉」をどう「回復」するというのか、この共同声明に名を連ねた日本側議員たちの見識を疑わざるを得ない。
 いま、韓国・世宗大学教授の朴裕河氏(パク・ユハ。女性)の著書『和解のために-教科書・慰安婦・靖国・独島-』(平凡社、2006年)を思い出したので一節を引いておこう。

 「(朝鮮人慰安婦が)これまでの認識通りに、路上で強制的に引っ張られていったとすれば、そうしたまことに荒っぽい暴力的な場面だったとすれば、それでもいかなる反発や抵抗もなかったとするなら、そうした状況をただ眺めていた、傍観していた人々に責任はないのか。
 チェ・ミョンイクの短編『張三李四』には、〈慰安婦〉となる女性を満州へ連れて行く朝鮮人の女郎屋の主人が登場する。この小説が描いているのは、拉致というよりはきわめて日常的な、人身売買の風景である。そして作家の視線は、幼い娘に対し強圧的で暴力的だった、これら朝鮮人-人買いたちに向けられている。
……
 なによりも、日本軍兵士でもあった朝鮮人兵士が〈慰安婦〉施設を利用していた事実、さらに朝鮮戦争当時、韓国軍が慰安隊をつくり経営していたとの事実は、韓国国民を困惑させる」(引用終わり)。

 こうした常識を口にしたせいで、朴裕河氏は、慰安婦の政治利用にいそしむ韓国内の勢力から強いハラスメントを受けているが、日本側議員の誰一人、朴氏の100分の1の勇気も持たなかったことを恥ずかしく思う。
 自ら正論を構築し、韓国側にぶつけよとまでは言わない。せめて会議の場で、朴氏のこの一節を読み上げるぐらいの勇気は、額賀福志郎会長以下、日本の幇間、失礼、訪韓議員も備えて欲しいものだ。
 なお朴裕河氏の議論には、遺憾ながら、次のようなフェミニスト的定型文も出てくる。

 「『慰安婦』とは、すなわち『軍隊』という集団のための存在であり、その意味では『慰安婦』問題の一次的な責任は『軍隊』=軍国主義にある。また、その軍隊と軍国主義が基本的に男たちの世界だという点においては、『男性』に一次的責任があるというべきであろう」。

 売春は軍隊特有の事象ではない。どころか、俗世間一般においてより広く見られる事象である。一時的責任が軍隊=軍国主義にあるという主張は牽強付会に過ぎよう(軍隊と軍国主義を同一視する発想も粗雑だ)。
 男性に一次的責任があるというが、それなら、その男性を息子として育てた女性にも少なくとも二次的責任はある。さらには、フォークランド奪還に軍隊を派遣したマーガレット・サッチャーは男性なのか。……といった空しい論議に道を開く「学説」が生産的とはとても思えない。
 ともあれ、欠陥はあるが臆せず正論を述べる朴裕河氏の姿は、ただ相手の意を迎えるだけの日本の訪韓議員らよりはるかにすがすがしい。