公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.10.29 (水) 印刷する

日朝協議開始時点における日本側の失態 島田洋一(福井県立大学教授)

 ナチスのゲシュタポやSS(親衛隊)の幹部と称する亡霊を前に、日本政府の高官が「お会いできて嬉しい」と口にしたら、ただちに国際的な一大スキャンダルとなろう。

ところが、10月28日、同様の場面がテレビ・ニュースで流れた。北朝鮮の弾圧機関である国家安全保衛部の副部長を公然と名乗る徐大河(ソ・デハ)なる人物(「特別調査委員会」委員長)に対し、日本政府代表団長の伊原純一外務省アジア大洋州局長は「お会いできて嬉しい」と挨拶の言葉を述べた。

同行した産経新聞の桜井紀雄記者は次のように現地報告している。

〈日本政府代表団との協議で、北朝鮮の特別調査委員会は、トップの秘密警察高官を含め、全ての責任者が顔をそろえ、日本メディアの前に姿をさらすという異例の対応に出た。拉致被害者ら日本人調査に取り組む「誠意」を日本世論にアピールすることで、今後の協議を北朝鮮ペースに持ち込もうとの思惑がにじむ。

「徐大河(ソ・デハ)と申します。委員長を務めています」

28日午前、調査委庁舎の玄関で、副委員長2人と軍服姿で外務省の伊原純一アジア大洋州局長らを出迎えた徐大河委員長は、握手の手を差し伸べながら、こう自己紹介した。

中国や欧米の現地駐在メディアも代表団を待ち構えていた。北朝鮮側が手配したとみられ、海外に向けた宣伝姿勢をのぞかせた。

庁舎は平壌中心を流れる大同江(テドンガン)沿いの道路に面した2階建て。玄関には「特別調査委員会」の真新しい金看板が掲げられていた。日本人調査が外国人管理に関わるためか、「出入国事業局」も入居している。

北朝鮮ガイドは、調査委事務所は「日本人調査の重要さを示すために設けられた」と説明した。ただ、手狭な上、職員らが日常的に使っている様子はなく、「象徴」のための建物との印象が拭えなかった。

代表団を委員長室に案内してからも、徐氏は「遠いところ、大変ご苦労さまでした。多少窮屈ですが、ご理解ください」と述べ、気遣いぶりを示した。〉

よく実態の分かる報告だ。北朝鮮側は、国際宣伝戦および「遺骨」「墓参」を名目に日本からカネ(管理費ないし手数料名目)を取る作戦の一環として今回の日朝協議に臨んでいる。日本側代表団は、最低限、「友好的」と映る所作は一切避け、あくまで拉致を中心とした実務的かつ厳密な応酬に終始せねばならない。

伊原氏は、外交辞令抜きに淡々と日本側メンバーを紹介した後、「すぐに実務的な協議に入り、結果を出そう」とカメラの前で言うべきだった。

対話者が抑圧機関の幹部と知りながら友好的な挨拶を交わせば、相手の体制をその最暗部も含め認めたことになる。外務省はまた、協議の開始時点で、国際情報戦上、大きな失態を犯したと言わざるを得ない。