公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2015.06.15 (月) 印刷する

韓国の「反共」 荒木和博(拓殖大学海外事情研究所教授)

 まだ朴正煕大統領の時代、1970年代後半だったかと思う。お世話になっていた韓国の大学教授、Y先生がふと「韓国には『反共』がないんだ」と言われたことがある。
 当時の韓国は「耳無し芳一」のごとく、街のいたるところに「滅共統一」のスローガンが書かれていた。月に1回の防空演習もあったし、ちょっとでも北朝鮮を評価すれば「パルゲンイ(アカ)」と言われてつかまった。韓国人で私より少し下の世代までは子供の頃、反共教育で北朝鮮の人間というと真っ赤な顔をして角を生やしていると本当に思っていたような時代である。Y先生の言葉に耳を疑った。
 Y先生は朝鮮戦争当時政訓部隊という部隊におられた。部隊を回って今の国際状況やなぜ戦わなければならないかを講義するのが任務である。そのY先生から見ると1970年代の反共は単なる惰性でしかなかった。「何かあれば捕まえてぶん殴って言うことを聞かせるだけ」といったような話をお聞きしたと思う。
 確かに1980年代に入って共産圏との交流を活発化させた韓国の街角からは「滅共統一」のスローガンはあっという間に消えてしまった。そして80年代後半からの「民主化」で怒濤のように左翼・親北の思想が流れ込んだ。
 1970年代の韓国人の大人は大部分朝鮮戦争の経験があった。親兄弟を殺されたり南北で家族が引き離された体験を持っているから確かに反共意識は強かったが、それはあくまで体験に基づくものであり、そのようなことをした共産主義政権の本質にまで迫る必要はほとんどなかったのだ。さらに言えば分断の固定化とともに「反共」自体が利権化していった側面さえある。
 戦前から共産主義者が存在し、それと対抗する勢力が国民レベルに存在した日本と違い、「官」そのものが反共だった韓国ではその建前が崩れると思想的にはもろかったと言える。今の韓国は日本以上に左翼全盛と言える状態だが、本当の意味での「反共」がなかったことがそれを招いたのではないだろうか。