昨年の年の瀬。中国メディアが発表した2014年の「10大流行語のリスト」を見て、産経新聞中国総局の矢板明夫記者は驚いた。1位に輝いたのは、「法の支配」という習近平政権が打ち出したスローガンだったからだ。
このスローガンは10月に閉幕した共産党重要会議のテーマになった言葉で、確かに官製メディアによく登場していた。しかし、この1年、改革派知識人などが次々と理不尽な容疑で逮捕された。多くの共産党高官は規律違反を理由に拘束され、その親族や元部下も連座して捕らえられている。実態は「法による支配」から、ますます離れていくようだ。
3位が「北京APEC」、5位は習主席が唱えた外交理念の「一帯一路」ということになる。富坂聰氏がいうほど日本の新聞は人民日報など中国メディアを通して見ていないわけではないし、むしろ、記者によっては独自取材が難しい中国で、現地メディアの窓を通じて分析をせざるを得ない悩みを抱えている。
注意すべきは中国共産党の機関紙、人民日報などに惑わされない批判的な目を鍛えなければならないということである。この「流行語のリスト」から分かるのは、その半分以上が政権が打ち出した政策であり、国威発揚であり、数年前にあった世相を映す芸能人やスポーツに関するフレーズが消え、言論統制が強化されているという実態であろう。
ちなみに、この矢板記事は2014年12月25日付の記事であり、富坂氏が断定的にいう「日本で認知されるようになるのはAPECから半年後の今春」などでは決してない。とりわけ産経は、富坂氏が紋切り方で使う「横並び」ではないし、むしろ産経に並んでくれれば、氏とは別の意味でもう少しまともになるのではないか。
今回のように富坂氏が、「日本の新聞よりも人民日報が正確といっているのではありません。中国のメディアを通して見ると米中首脳会談はまた全然違って見えるという指摘をした」というのであれば当然のことで、あえて反論をいう必要もない。
しかし、富坂氏の10月2日付け論考は、米中首脳会談を受けた日本の新聞報道が「中身を読まなくても分かる」内容だったといわざるを得ないと書いていた。しかも、米中間にどんな合意ができたとしても「アメリカは中国に冷淡だった」という結論に落とし込む目的が最初からあるのだとも批判していたはずだ。
そのうえで、富坂氏は「人民日報は米中がAIIBで『国際金融の枠組みの重要な貢献者となるとの見方で一致した』とも報じた。これが日本のメディアで一行も触れられないのはなぜだろうか」と、対比して論じていた。
私ならやはり、米国のファクトシートからAIIBの「中国の試みを『歓迎する』と言及したのみ」であると書き、「米側による具体的な協力策は出されなかった」と書くだろう。余裕があれば、「中国共産党の機関紙、人民日報」からの引用を明記して、中国側は「国際金融の枠組みの重要な貢献者となるとの見方で一致した」と伝えていると書いてもよい。その場合も、共同声明や共同発表文がないことから、中国があえて「合意」を国内向けに強調したかったのではないかとの、但し書きが必要になるだろう。あくまでも、それが共産党の意図を伝える機関紙からの引用であるからだ。
富坂氏のいう「習近平」、「訪米」というキーワードを入れた瞬間に、予測検索の3番目の文字には「失敗」という文字がトップに表示されるという論評も興味深い。せっかくなので、産経の検索でいれてみると、このキーワードで打った50本ほどのうち「失敗」でひっかるのは、石平氏の「習主席金満外交の余波」の一本だけだった。これがすべてではないが、富坂氏のいうほど新聞が読者のニーズに売らんかなで合わせてはいないことになる。
なお、富坂氏が挙げる今年6月のG7サミットの事例などについては、例によって「各紙横並びで各国首脳が中露の現状変更を批判と書いた」というステレオタイプの批判が、上記の議論のすり替えになるから避けたい。が、一言だけいう。
G7は日米欧からなり、非西欧のアジアは日本だけになるから、問題意識が異なるのはやむを得ない。従って、G7の中で、日本が国益を最大限に生かせるかどうかが重要なポイントになる。以前は、北方領土返還をG7声明に盛り込むことが注目点だった。いまは中国の東・南シナ海でのゴリ押しと、同様にロシアによるウクライナへの「力による現状変更」の対比が際立つことになる。
私見によれば、中国共産党機関紙は伝えたいことだけを書くが、商業新聞は記者の問題意識、可能な限り事実を伝えることによって構成される。もちろん、記者の力量、事実の発掘不足があるから、一様ではない。それでも、私は富坂氏が評価する政党機関紙よりも、右左で喧嘩しながら競争する日本の商業新聞をわずかながら信用している。
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