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2016.11.04 (金) 印刷する

最大の危機迎えた韓国の自由民主主義体制 西岡力(東京基督教大学教授)

 「あんなくだらない人間らのために保守運動をしてきたのではない」。10月初め、ソウルで会った韓国の保守言論人が、崔順実氏らについて、はき捨てるように語った。
 崔順実氏は、朴槿恵大統領の親友で、国政介入などの疑惑にからみ逮捕された人物だ。その時点ではまだ、崔氏の廃棄パソコンは言論の手に渡っておらず、機密文書持ち出しの疑いは表面化していなかった。
 疑惑とは、今年初め、突然のようにスポーツと文化の振興を目的に2つの財団が設立され、そのために800億ウォン(約73億円)もの巨額資金が財界から集められたが、2つの財団は事実上、崔氏の支配下にあり、朴大統領が退任後、そこを拠点に政治的影響力を維持しようとしたというものだ。崔順実氏は、新興宗教団体「大韓救国宣教会」の総裁だった崔太敏牧師の娘である。

 ●繰り返される大統領周辺の不正
 私は前述の保守言論人に、「全斗煥大統領が任期末につくった日海財団(日海は全斗煥の号)事件と同じではないか。なぜ、このようなバカなことを朴大統領がするのか」と質問した。日海財団は無理なカネ集めが非難され、解体再編されて現在の世宗研究所になり、全大統領は退任後、山寺に追放された。
 彼は、「大統領本人ではなく、周囲の人物らが退任後も利権を維持したくてやっている。朴大統領と崔らとのおかしな関係は構造的なもので、関係を切れないことが大統領の弱みだ。だから、そのことを知る側近秘書官らに不動産不正取引疑惑などが指摘されても最後まで守らざるを得ないのだ。大統領は両親を殺され、父の側近らの背信を体験したことなどから、周囲の人間を誰も信じない。ただ、崔だけを側に置いておかしなことをさせている。忠告を聞かない」と語った。
 しかし、崔順実スキャンダルが爆発したタイミングは最悪だった。もしかすると、北朝鮮と韓国内の北朝鮮につながる勢力が満を持して切ってきたカードだったかもしれない。
 今年に入り、朴槿恵政権は北朝鮮独裁テロ政権打倒を目標に心理戦を本格化し、金正恩暗殺軍事作戦(斬首作戦)の公開演習に踏み切っている。これに対して北朝鮮は、朴大統領を「毒蛇」「悪魔」「子供も産めないおばさん」などと口汚く罵っていた。
 10月初めには、盧武鉉政権時代の外相が出版した回顧録の中で、盧政権の大統領秘書室長だった文在寅氏が2007年、国連の北朝鮮による人権抑圧非難決議案の採決されるに当たり、事前に北朝鮮に意見を求め決定をしていたというスキャンダルが噴出している。
 当時、外交通商部長官だった宋旻淳氏の回顧録によると、2007年11月16日に行われた会議で、政権内で決議に賛成するか棄権するかの対立が生じた。文室長は、前年に賛成しているのだから外交の一貫性からして賛成しかないと強く主張した宋氏を抑え、南北ルートで北朝鮮の意向を聞くという結論を出した。北朝鮮からの否定的な回答を受け盧武鉉政権は最終的に棄権に回ったというのだ。
 外交政策について事前に北朝鮮の意向を聞き、その指示通りに政策を変えたということであり、文在寅氏は世論の批判を浴びていた。

 ●保守言論も「韓国国民であることを恥じる」
 私が話を聞いた保守活動家は最近、韓国の保守は朴槿恵大統領と崔順実氏の低級な関係に憤慨してばかりはいられない。国益を冷静に考えて違法行為と政治責任は厳格に問うが、外交安保、特に核武装を完成させつつある北朝鮮に対する原則的立場はきちんと維持できる政治体制を守らなければならないと主張している。
 しかし、朴槿恵大統領があまりにも人望がないため、保守言論(朝鮮日報、東亜日報)も崔順実スキャンダルで「韓国国民であることが恥ずかしい」という論説を掲げるほどである。与党の親朴派からも体を張って政権と韓国の体制を守ろうという人士が出てこない。保守陣営のリーダーである趙甲済氏だけが、以下のように「朴大統領は良いこともやった」と論陣を張っている。
 「今回の事件の主体は朴槿惠大統領だ。真実を究明するためには当然、調査対象にならねばならない。事件の核心は、朴大統領が40年間も崔太敏、崔順実の父娘と非正常的な関係を維持しながら、『非正常の正常化』を国政の指標としてきたということだ。国民が憤怒する最も大きな理由は、大統領職の権威が水準以下の人格を持った崔順実によって壊されたことだ。もちろん、朴大統領がよくやったことも多い。統進党(北朝鮮と内通していた極左政党)の解散、対北政策の正常化、左傾的歴史教科書の修正努力、公共放送の正常化努力、韓米連合軍司令部解体の無期延期、従軍慰安婦問題の整理など。憎い人でも良い点を見なければならず、良い人でも悪い点を見るべきだということわざがある」

 ●カギは世論が理性を回復できるか
 11月12日にソウルでは、左派勢力が朴大統領の下野を求める大規模集会が行われる予定だ。その集会に、どの程度一般国民が同調するかが当面の鍵となる。集会が暴徒化し、破壊行為が行われて国民の支持を失う可能性もあるが、多くの国民の支持を得て警察の警備が消極的になり大統領府が数万の群衆に囲まれ、大統領下野が実現する可能性もある。
 朴槿恵大統領は先ごろ、新首相に盧武鉉政権時代の高官を、新秘書室長には金大中元大統領の側近をそれぞれ指名した。ただ、首相の人事は国会の承認が必要で、過半数を握る2大野党は自分たちに相談なく首相を指名したとして反対する姿勢だ。大統領本人が検察の捜査に全面的に協力し、退任後の逮捕も覚悟して法的責任、政治的責任から逃げるつもりはないと明確に国民に言明する必要がある。早ければ4日にも朴槿恵大統領は対国民談話を発表するという。その内容が多くの国民を納得させられるものになるかが焦点だ。
 事件の全容が言論による暴露と検察の捜査である程度明らかになれば、世論は興奮を納め、憲法秩序を守ろうという方向に向かうだろう。趙甲済氏は11月3日、以下のような希望的シナリオを書いている。
 「世論が落ち着けば、朴槿恵大統領を非難するのに適用した基準を、批判の相手方にも突きつけようとするだろう。朴大統領が大きな過ちを犯したことは弁解不可能だが、金大中大統領が核兵器を開発する北朝鮮政権に対し4億5000万ドルの現金を国民に知らせずこっそり渡したことよりさらに悪質なのか、盧武鉉政権で文在寅秘書室長らが金正日に尋ねて国家政策を決めたことと、崔順実に相談して政策を決めたことを比較してみる心が生まれる。このように均衡感覚を回復すれば、『それでも憲政中断はならない。心より反省した大統領を支えて難局をかき分けて行かなければならない』という方向で、民心の水の流れが変化することもありうる」
 この希望的シナリオが実現するか、あるいは大統領が下野して親北左派政権ができ、米韓同盟も解体して北朝鮮主導の統一につながる悪夢のシナリオに向かうか、ここ数日の動きが当面の山場となるだろう。