公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.01.11 (水) 印刷する

駐韓大使の一時帰国は早計に過ぎる 富坂聰(拓殖大学教授)

 韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した問題で、日本政府はその対抗措置として駐韓国大使と釜山総領事を一時的に帰国させると発表し、9日、長嶺安政・駐韓大使は帰国した。
 2015年12月の日韓合意の内容を考慮すれば韓国側の対応には疑問符が付く。日本人が厳しい措置を求めても当然だろう。
 だが、筆者は市井の人々がそうした発想に流れることは理解できても、政府が制裁的な対抗策を打ち出すのはやはり早計に過ぎると思うのだ。理由は主に二つある。
 一つは効果の問題だ。韓国はいま朴槿恵政権が風前の灯火で、統治能力を著しく欠く。そこで日本が強いカードを切っても日本が望む変化が韓国に起きる可能性は極めて低い。それどころか与党の政権運営はさらに迷走し反朴勢力を逆に勢いづかせかねない。

 ●日本外交に戦略はあるのか
 外交カードはできるだけ有効に切ることが重要だが、切ってしまった後にそれが効果なしとなれば次に何のカードを切るのか。しかも反日勢力に塩を送り、国民と現政権に憎しみを残すという逆効果を生んだとなれば、ダメージはむしろカードを切った側に残る。
 現在、朴政権を追い詰めている勢力はその言動から反米・反日の傾向が明らかだ。彼らが主導する世論を背景に生まれる新しい権力は、日韓合意を含めたすべてを振り出しに戻しかねないことは十分に想像できる。
 そのことを踏まえて二つ目の疑問を述べれば、日本はいったい韓国をどうしたいのか、という視点が本当に日本政府にあるのかという疑問だ。それ以前に朝鮮半島がどうであれば日本にとって理想的なのか、ひょっとして日本政府にもアイデアがないのではないかと疑いたくなるのである。
 歴史問題で韓国人に二度と過去の問題を口にさせないことなのか。それとも北朝鮮から核兵器を取り上げることなのか。はたまた金正恩政権を潰し、後顧の憂いを解くことなのか。拉致問題を解決に導くことなのか……。こうした問題の一つ一つにきちんと優先順位をつけ、整理した上で日本は韓国や北朝鮮と向き合えているのだろうか。

 ●一貫した中国の半島政策
 この点、中国の対朝鮮半島政策は一貫している。いつまでも朝鮮半島が二つに分かれていることが中国の最大の国益だからだ。
 つまり韓国であれ北朝鮮であれ、どちらかが朝鮮半島を統一することには本音では反対で、二つを生かさず殺さず存続させることこそ中国の最大の目的なのだ。具体的には拙著『トランプVS習近平』(KADOKAWA)を読んでほしいが、その視点で日本を見ると、常に対症療法的な外交で、逆に金正恩を殺さないように立ち回る中国に怒り、うっかり統一朝鮮出現という悪夢の実現に貢献しかねないほど近視眼さが目立つのだ。
 この日本外交の向こうに何があるのか。韓国主導で統一されたとき米国が対露・対中の拠点として韓国の核保有を黙認する可能性は決して低くない。そのとき日本と人口の点でも変わらない――いずれ日本も人口8000万人を切る――韓国が、日本にやさしい国であるだろうか。将来、そんな悪夢が実現したとしたら、その功労は戦略を欠く安倍外交にあるかもしれない。