公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2017.03.22 (水) 印刷する

米国抜きでも日本はTPP推進に全力を 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Partnership:TPP)は、周知のように、2006 年に発効したシンガポール、ニュージーランド、チリ及びブルネイの4カ国によるP4協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)を拡大発展させたものである。そのP4協定は「環太平洋の広範な経済統合を促進する手段」(「Trade Facts」、Office of the United States Trade Representative、September 2008)と位置づけられている。それ故に、米国は包括的な自由貿易協定(a comprehensive Free Trade Agreement)として参加交渉を決断したわけである。
 しかしながら、その米国が離脱を宣言したことで、TPPはまさに存亡の瀬戸際にある。わが国としては、いまこそ自由貿易の推進に消極的な米国に代わるリード役として、P4の精神である「戦略的」意義を再確認し、アジア太平洋地域における公正で自由な貿易圏の実現に邁進すべき時だろう。

 ●見えてこない政府の明確な戦略
 しかしTPPがまさに存亡の危機にあるというのに、わが国の対応は極めて消極的だ。P4からTPPに拡大するにあたり、多くの日本メディアが訳語から「戦略的」という重要な言葉をはずした如く、政府からも米国離脱後のTPPにどう対処するのかについて具体的な戦略性が全く見えてこない。
 報道によれば、日本政府は、米国を除く11カ国によるTPP発効には依然慎重な姿勢を変えていないという。米国抜きの発効に関しては、オーストラリアやニュージーランドが強く主張しているが、菅義偉官房長官は2月8日の記者会見で「日本は研究をしていない」と述べ、「そういう動きがあるのは承知しているが、まずは米国と粘り強く交渉していきたい」と語っている。
 3月15日にチリで開かれたTPPの閣僚会合でも、米国抜きでもTPPを推進したい積極派(オーストラリアやニュージーランド等)と、米国抜きでは意味がないとする消極派(マレーシア、チリ等)が議論を戦わす中、わが国の明確な主張は見えてこなかった。流れに任せるといった消極的な姿勢では自由貿易推進のリーダー役としては相手にされないだろう。
 今回の閣僚会合は、チリ、メキシコなど中南米4カ国による「太平洋同盟」の「ハイレベル対話」に合わせて開催され、同対話には中国も招待を受け、代表を派遣した。環太平洋の自由貿易協定の方向性を左右する主導権は、いまや中国に握られつつある。

 ●中国が自由貿易主張する奇怪
 中国の習近平国家主席は年明け早々の世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)で演説し、自由貿易を強調して関心を集めた。米国での保護貿易主義の高まりは、「中国が自由貿易を主導する」という荒唐無稽な主張を許すまでに至っている。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を核にした、中国によるTPPつぶしはさらに本格化することだろう。
 安倍晋三政権は、機会あるごとに、自由貿易の推進に主導的な役割を果たすと主張してきた。3月20日にドイツのハノーバーで行ったメルケル首相との日独首脳会談でも、保護主義台頭への懸念が強まる中、日本と欧州がトランプ米政権も交えて、自由貿易を推進していく重要性で一致し、安倍首相は「日欧が米国とともに協力して自由貿易の旗を高く掲げ続けなければならない」と述べたという。
 そうであるならば、日本としては、なおさら米国抜きでもTPPの実現に全力を尽くすべきだろう。そもそもTPPの戦略的意義は、短期の経済効果にあるのではなく、中国を牽制し、アジア太平洋地域に公正で自由な貿易圏を確立するという長期的な視点に立つ政治的および経済的効果にある。そのことを改めて確認すべきである。

 ●日本がルール作りリードせよ
 TPP交渉に参加した12カ国は、国内総生産(GDP)を合計すれば世界の3分の1を占めるが、それぞれの経済規模や人口構成、資源賦存状況等において多様である。その中で米国の占める存在感は確かに大きい。人口は一国で参加国全体の4割弱を占め、GDPでは6割超を占めている。
 米国抜きのTPPに価値はあるのかと疑問視する見方があるのは事実だ。しかし、TPPを目指した背景には、前述したように米国との個別FTA(自由貿易協定)とは異なる戦略的意味合いがあることも忘れてはならないだろう。
 国基研が当初から提言(2012年3月「日本が主導的立場に立って、国益に即した国際ルールを」)してきたように、TPPは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)が将来的に目指すアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の母体になり得るものだ。日本は、自由貿易のルール作りを主導することで、世界のリーダーを目指すべきであるし、今、わが国以外にその責務を果たしうる国はないことも自覚すべきである。
 日本がなすべきは、米国抜きでもTPPの実現に最大限の努力を尽くすことだ。そのことが、その後の自由貿易体制推進のリーダーとして日本が国際社会の信頼を得ることにも繋がる。