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2017.08.16 (水) 印刷する

バラマキで「人づくり革命」は実現できず 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 政府は8月、安倍晋三政権の新たな看板政策「人づくり革命」を議論する有識者会議の名称を「人生100年時代構想会議」とし、首相を議長として9月上旬にも初会合を開くと発表した。大学教育向けの「出世払いでの教育国債」制度の新設も目指すという。
 これに先立ち、自民党の教育再生実行本部は5月、安倍晋三首相が意欲を示す「教育無償化」の財源について、「こども保険」「税制改正」「教育国債」で対応するよう求める提言をまとめている。政府も、6月、大学改革と幼児教育や大学にかかる教育費の「無償化」を柱とする「人づくり革命」の基本方針の概要を明らかにしている。
 しかし、「教育無償化」の議論は、巨額の財政赤字の下での財源選択の問題に集中しており、本来の教育制度の議論やその任を担う教育機関の在り方についての議論が置き去りになっている。

 ●定員割れ大学が増える現実
 2000年以降、少子化にもかかわらず、四年制大学は2割(130校)増えた。その一方で、乱立による経営悪化により、2010年以降だけでも10校以上が閉校・募集停止に追い込まれている。
 文部科学省が2月に発表した大学等の「設置計画履行状況等調査の結果等について(平成28年度)」によれば、「入学志願者や社会からのニーズを適切に踏まえた定員設定となっていない結果として、開設以来未充足が続いている状態、一方で、適切な入学者選抜が行われていない等により、大幅に定員を超えて学生を受け入れている状態の大学など、収容定員が適切に管理されていない大学が見られた」と指摘している。
 「平成 28(2016)年度私立大学・短期大学等入学志願動向」(日本私立学校振興・共済事業団、平成 28 年 8 月)では、2016年度の私立大学全体の入学定員充足率は104.4%で、前年度から0.6ポイント下がった。さらに、入学定員充足率が100%未満の大学は7校増加して257校となり、大学全体に占める未充足校の割合は1.3ポイント上昇して、44.5%(前年度比1.3ポイント増)となった。こうした状況は、高等教育の許認可権をもつ文科省による需給調整の失敗と言わざるを得ない。

 ●「無償化」で迷走する教育行政
 にもかかわらず文科省は、平成29 年度の収容定員増加の申請について、例年を大きく上回る私立大の9412 人の増加を内容の変更なくそのまま認可した。しかし、新聞報道によれば文科省は一方で、東京一極集中の緩和を理由に8月12日、大学設置に関する告示を改め、東京23区での定員増は認めないことを明記して、私立大学の定員抑制を2018年度から実施する方針を固めたという。
 こうした状況の中で、法科大学院の失敗に続き、専門職大学院も同様の危機的状況に陥っているにもかかわらず、5月には、既存の大学や短大とは別に、情報技術(IT)など成長分野で即戦力の人材育成を目指す新しい高等教育機関としての「専門職大学」「専門職短大」の創設を盛り込んだ改正学校教育法が、国会で可決、成立している。
 専門職大学・短大はITや農業、観光などの分野で、新たなサービスを生み出し、牽引役を担える人材を育てることを目的に掲げ、既存の大学や専門学校からの移行を想定している。しかし、定員割れ大学が増加している状況下で、どのように政策の整合性を図るのかには疑問がある。供給側である高等教育機関に対する抜本的な改革なしに教育の無償化が進むと、こうした問題が温存される危険性が高く、近年危惧されている教育の質の低下に拍車を掛け兼ねない。

 ●大学間競争を促すことが前提だ
 既に、国立大学のみならず、私立の大学や高専も、納税義務を免れている。私学については、私学振興助成法第4条第1項により教育経費の半額が国庫から補助金として支出できることになっている。
 現行予算ベースでみると、平成29年度の国立大学法人等の運営費交付金は1兆 925 億円、同私立大学等経常費補助金は3,153億円である。学生一人当たりの補助金額では私大生が国大生の10分の1程度だが、こうした補助金を含む経常的経費を補うために国債は発行されており、巨額の赤字国債の一部となっている現実も無視できないだろう。
 教育の無償化は、教育を受ける機会の平等に適う政策であるが、進学需要を税金で支えることになり、大学法人に対する現行の補助金制度がそのままでは、供給者としての大学の自発的改革を妨げる恐れがある。
 教育の無償化に当たっては、その恩恵を受ける大学側も、さらなる改革努力が求められる。高等教育を担う公共的な機関として、徹底した情報開示の下で社会から適正な評価を受けなければならない。

 ●教育の劣化は成長減速もたらす
 無償化実施の前提として、現行の補助金を奨学金に転嫁させることも検討されていい。財源問題の制約を軽減できるうえに、大学間の競争を促し、より良い教育サービスを提供する大学ほど発展できるという意欲を高めることにもつながる。
 教育基盤の劣化は、研究力低下などで長期的には国の成長減速につながる。抜本的な改革が不可避であることは言うまでもない。