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2017.11.02 (木) 印刷する

特別検察官の起訴のどこが「衝撃」なのか 島田洋一(福井県立大学教授)

 いわゆるロシアゲート疑惑の捜査に当たっているモラー特別検察官が10月30日、2016年の米大統領選におけるトランプ陣営のポール・マナフォート元選対本部長(在任期間6月〜8月)とジョージ・パパドプロス元外交政策顧問らを起訴した。

 ●目新しさ欠くニュース
 時事通信10月31日付記事は、「元外交顧問証言、政権に衝撃=対ロシア接触模索認める−米大統領選介入の疑惑捜査」という見出しを掲げている。この記事は、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ両紙をはじめとする米主流メディア(ほとんどが反トランプ・親民主党)の報道ぶりを比較的忠実に反映している。一部引いておこう。
 「捜査の進展を注視していたトランプ政権にとって、ロシア当局との接触を模索していたと認めた陣営のパパドプロス元外交政策顧問の証言は特に大きな衝撃を与えたとみられる」
 まず、マナフォート被告の線については「衝撃」としない点が注目される。マナフォート被告の起訴理由は、マネーロンダリングや外国政府のために働く者に義務付けられる外国ロビイスト登録を行っていなかったなど12の罪だが、いずれも個人的な経済犯罪・違法行為であり、ロシアゲート疑惑ともトランプ選対とも関係ない。
 そもそもマナフォート被告が短期間で選対本部長を辞任したのは、ウクライナの親露派ヤヌコビッチ前政権から巨額の現金を受け取っていた問題が発覚したためで、目新しいニュースでもない。
 なお、モラー特別検察官は、ヒラリー陣営の選対本部長だったジョン・ポデスタ氏の兄が主宰するロビイスト会社が、ウクライナ関係でマナフォート被告と組んでいた事実を明らかにした。

 ●衝撃はむしろ民主党側に
 「衝撃」が走ったのは、むしろ民主党側であったと言える。マナフォート被告の「悪辣さ」を指摘すればするほど、ブーメランとなるためだ。今後、民主党、主流メディアとも、このルートについては深追いしないものと思われる。
 パパドプロス被告について時事の記事は、「パパドプロス元顧問は『政権幹部にも知らない人が多かった』(ポリティコ紙)という。サンダース大統領報道官も30日の記者会見で『陣営での役割は極めて限定されていた』と強調した」と伝えている。
 その通りで、パパドプロス被告は、入れ替わり立ち替わり選対本部に関与する多数の「アドバイザー」中、若手の1人に過ぎず、その後政権入りもしていない。
 マルタ出身のイギリスの大学教授と組んで、ヒラリー氏に不利な材料を得るべくロシア政府と接触を試みたとされるが、何らの具体的「成果」も上げていなかったともいう。
 なお、最近、米議会下院のロシアゲート調査委員会から、トランプ氏のロシアにおける不行跡(オバマ氏が泊まったホテルの部屋に売春婦を呼んでベッドを汚す行為をさせた等々)を記した民間の調査報告書(元英情報部員が作成。トランプ氏は全面否定。内容を裏付ける証拠は今日まで出ていない)に資金面で民主党全国委員会が関与していたとの事実が指摘され、トランプ支持層からは、民主党とロシアとの「共謀」をこそ捜査すべきだとする声が上がっている。

 ●ファクトなき政争を象徴
 この点、米メディアの反応が興味深い。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは、特別検察官の捜査は選挙に勝ったトランプ陣営の疑惑に集中すべきで、他の問題に注意を逸らすべきでないと主張する。
 一方、共和党主流派に近い米紙ウォールストリート・ジャーナルは、疑惑解明というなら、特別検察官は民主、共和双方を調べるのが当然と主張する。ファクトなき政争を象徴する光景と言えよう。
 ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件では、ニクソン陣営の人間による民主党本部への不法侵入という明確な犯罪事実があり、黙認した政権幹部がいた。実行犯への口止め料支払い(捜査妨害に当たる)を大統領が承認した証拠(ニクソン自身の発言を録音したテープ)もあった。ロシアゲートの場合、そうしたファクトは現在まで一切出ていない。