2つの相反する要素が両極に存在する。そんな印象を強くした中国の19大(中国共産党第19期全国代表大会)であった。
まず習近平の権力基盤についてだ。日本のメディアは「習一強」の確立と騒ぐが、それはいま始まったことではない。逆に、俗にいう「習近平思想」の党規約への盛り込みに人々の反応は冷え切っていた。
従来からある「中国の特色を持つ社会主義思想」という言葉に「新時代における習近平の」を形容詞的に無理矢理くっつけただけのものが「思想」のはずがない。そんなことは中国人なら誰でも解る。それが毛沢東思想と鄧小平理論と同格とは恐れ入る。
人民日報の海外電子版は〈「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」をマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、「3つの代表」の重要思想、科学的発展観と同列に党の行動指針に盛り込むことを全会一致で決定した〉とのみ伝えている。そのまま素直に受け止めればよいだけのことだ。
この「習思想」をめぐるおかしな動きは、現在の習近平、もしくはその周辺が少々歪んだ方向にアクセルを踏み始めたことを示す一つの兆候ではないか、と私には思えた。
習近平の人気は2015年が絶頂で、その後は少しずつ落ちてきている印象だ。権威を欲しがるのはそんな事情があるのだろう。そのことは言論を封殺する動きにもつながる。
●リスク取り未来提案する中国
一方、中国という巨艦を動かす統治機構としての中国共産党は相変わらず戦略的だ。
日中の政治の実力の差は、そのまま19大の分厚い政治報告の中身と薄っぺらい選挙公約との差に表れている。この選挙でどれだけの日本人が4年後の自らの生活をイメージできたのか。
一方の中国人は迷っていない。政治がリスクを取って未来を提案しているからだ。最先端、IT、エコに向かって驀進しろと号令をかけている。事実、銀行の強い抵抗を排してスマホ決済に道を開き、その成果はもう国内で爆発的に開花している。
また若者の起業支援も万全で、何が何でも第2、第3のジャック・マー(中国・アリババ社の創業者で現会長)を作り出そうとの政府の意図は明らかだ。米国でヤフーやグーグル、アップル、ツイッターが生み出され、世界を席巻した効果を共産党がよく理解し、自国に反映しようとしているからだ。
中国でも今後、こうした若い力に現在の大企業が次々に食われる未来が来る。そして中国の若者はそれを確信している。
●実態見ぬ日本の企業とメディア
一方の日本は、10年後も相変わらず何の努力もしない銀行や大企業が政界の庇護の下で安穏と生き延び、気が付いた時にはシャープや東芝のように「こんなに腐っていたのか……」との印象を残しつつ、つぶれてゆくしかない。そんな日本の未来が明るいはずはない。
中国経済は、いまだ国内総生産(GDP)の最も大きな部分を不動産業が占めるという歪みを抱え、また一面では投資依存体質からも脱していない。そんな弱さはあるものの、その弱さを政治が熟知し、改善策は目白押しだ。それが今回の政治報告の中には満載されている。
それなのに、どのメディアもきちんとそのことを精査しようとしない。「お茶の間に受けない」からとか、「売れないから」という理由だろう。
そして、その代わりに「習一強」だと人事ばかりに騒ぎ立てるのだが、「習一強」だから結果として中国の何が分かるのか。私は逆に教えてほしい。
●取り返しつかぬ差になる恐れ
いま明らかなことは、民主化という視点で見た中国の未来には不安があるものの、中国は発展し続けるということだ。日本は「中国がライバル」というのであれば、あの国が発展することを前提に対策を考えなければならない。さもなければ、数年後の日本は取り返しがつかないほど中国に差をつけられているだろう。
国力に大きな差が生じれば万事休すだ。核に代わる新たな破壊的な兵器は、宇宙やサイバー空間からほんの数年で無数に生まれてくる。そこをキャッチアップできるか否かは国力を背景とした産業の力でしかない。習近平周辺の人事を占っている暇があるのならば、共産党が躍起になっている「軍民融合」の中身を精査すべきだろう。恐ろしいほど戦略的である。組織の新設を通じていま、従来は軍に関わることのできなかった党最高幹部が次々と軍に関われるようになっている。明らかに中国は変化している。
日本が憲法改正など、効果があるのかないのかよくわからないことに拘泥し、国内の闘いにエネルギーを消費している間に、相手は着々と具体的な得点を積み上げてゆく。
政治の差が取り返しのつかない結果を招くことになる前に、日本の選挙公約と政治報告の差を検証するところから始めるべきではないだろうか。