トランプ米大統領が居眠りしていようと、中国の習近平国家主席が毛沢東のような権力を握ろうと、インド太平洋地域の新たな安全保障の枠組みは着実に動きはじめた。マルコム・ターンブル豪首相の日本訪問と同じ今月18 日に、ニューデリーでも日米豪印の海軍トップが参加して連携の協議を開始したからだ。
とくに、ターンブル首相の訪日は、最大の貿易相手国・中国に気兼ねしつつも、日米豪印の「安全保障ダイヤモンド」に意義を見出したことを歓迎したい。その背景にあるのは中国の目に余る対外圧力の悪辣さが、十分に身に沁みたからであろう。
オーストラリア政界をおよそ1年にわたって揺さぶり続けたチャイナ・スキャンダルがそれだ。野党労働党のサム・ダスチィアリ上院議員は、中国の南シナ海活動を露骨に擁護し、見返りに中国共産党と関係のある実業家、黄湘蒙氏から資金を受け取っていた。これが暴露されて、2017年12月12日に辞任に追い込まれた。
●「日米豪印」に復帰促す
当のターンブル首相自身もよく知られた親中派で、首相就任後に次期潜水艦の選定で日本提案の「そうりゅう型」の採用を退けたことがあった。オーストラリアの軍需産業で働く雇用状況との関係も否定できないが、それが中国の意向を無視できなかったことは明らかであった。だが、いまはその背信を問わない。
首相は、オーストラリアの情報当局から国内政界や大学研究者への中国による干渉が「前例のない規模」で行われている事実を知らされて衝撃を受けたのだろう。すでに、オーストラリアの2大政党が、中国企業2社から、10年間で6700万豪ドルを寄付として受け取っていたことが明らかになっている。
深刻な事態を迎えてターンブル政権は、昨年12月5日に市民以外からの政治献金を受け取ることを禁止し、ロビイストが外国のために働いているかを明らかにするよう求める法制化を発表した。中国が外国にばらまく献金、助成金、いじめ、圧力が絡み合う影響力の拡大を、米国のシンクタンクはクサビのように鋭い「シャープパワー」と表現した。
英誌エコノミストは、同じようなシャープパワーの警告が、イギリス、カナダ、ニュージーランドでも発せられていたことを詳細に報告している。とくにカナダの情報機関は、さかのぼること2010年に、いくつかの州の閣僚や職員が中国の「影響力の代理人」であると警告していた。
中国の露骨なシャープパワーが、オーストラリアに日米豪印の枠組みに復帰を促したことは否定できない。4カ国の当局者は、昨年11月にマニラで久々の会合を開いて「自由で開かれたインド太平洋」を唱えた。
●日豪の準同盟関係を強化
4カ国連携は2007年に安倍晋三首相の呼びかけでスタートしている。しかし、オーストラリアで政権をとった労働党のケビン・ラッド首相が中国の反発を招くとして離脱し、この間ずっと棚上げされていた。ちなみにターンブル首相は、第2次安倍政権が発足して4人目の豪首相で、政局が安定しないのはひと頃の日本のようだ。
今回のターンブル首相訪日は、中国が対豪圧力をかけてくる可能性もあることから、日本との接近でリスクに備える意味合いもある。安倍首相は北朝鮮の核開発に対する圧力を高めるとの認識を共有すると、すかさず航空自衛隊と豪空軍による初の合同演習の年内実施で合意した。間髪入れずに、日豪準同盟関係の強化に踏み込んだのだ。
安倍首相がターンブル首相に陸上自衛隊の対テロ作戦を担う「特殊作戦群」の訓練視察を受け入れ、国家安全保障会議(NSC)に招いたのも、日豪関係、あるいは日米豪印関係の深まりを内外に印象付けたい思惑もあっただろう。同じタイミングでニューデリーで4カ国海軍トップの会議も動き出しており、対中国の多国間安全保障が着実に進み始めた。
また、オーストラリアは日本とともに、米国抜きの11カ国による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を新たにCPTPPとして発足させることに尽力した。これはインド太平洋戦略とともに、日豪が「中国にアジアの覇権を譲り渡すことはない」とする意思表示になった。日豪はトランプ政権をアジアに引き留めるための有力な核になる。