公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.03.13 (火) 印刷する

文政権が仕組み、北が乗る政治劇 久保田るり子(産経新聞編集委員)

 米ホワイトハウスに金正恩氏のメッセージを伝えた鄭義溶・国家安保室長ら韓国の訪朝団は、北朝鮮の代理人そのものだった。彼らは、金正恩氏が「善人に変身した」と説明行脚に余念がない。実に奇妙な光景だ。
 訪朝時に韓国メディアを同行しなかった彼らは、金正恩氏の前で全員が首を垂れてメモを取り、その様子が北のメディアから世界に配信されて恥をかいた。しかし、彼らが伝える金正恩氏の言葉はどこまで正確なのか、韓国の虚飾はないのか。北朝鮮は沈黙したままで検証のすべはない。巧妙なウソが仕組まれているのかもしれない。
 オリンピックを政治利用した北朝鮮と、政治利用させた韓国の作った局面転換は、南北合作の「世紀の政治劇」だ。韓国が「取り込まれた」などとはとんでもない勘違い。むしろ北朝鮮信奉者(主体思想派)を主流とする文在寅政権が仕組んだ潮流であり、北朝鮮にとっては渡りに船である。
 今回、訪朝団が各国に説明している非核化を含む提案も、韓国側が青写真を書き北朝鮮側が修正した可能性が高い。だから、韓国は南北首脳会談を先にやりたいのだ。

 ●黙殺される保守派の危機感
 では、韓国全土が南北融和を喜んでいるのか。
 サイレントマジョリティーは危機感を覚えている。特に韓国保守派はこの茶番の底意を見抜いてきた。底意とは、文政権が目指す南北連邦制への執念のことだ。南北首脳会談→核凍結→米朝和解→平和協定協議→在韓米軍縮小・撤退→南北連邦制の流れである。文政権は徹底的に既存の親米反北勢力を潰そうとしている。
 朴槿恵前大統領の弾劾で一度は壊滅に近いダメージを受けた韓国保守の政治勢力だが、いまは憤怒の声を上げている。ただ韓国のメディアはほとんど報じない。報じても保守紙の一部とインターネット・メディアであり、既存の大手メディアからは黙殺されている。
 「韓国に言論の自由はない」とあからさまに韓国の言論状況を批判し、日本で出版をする保守言論人が増えた。韓国に入国したら「出国禁止になって活動を封じられる」と在外で韓国批判を続ける知識人もいる。文政権は言論に対する監視を強めている。出版社は反政府的な出版物を出したがらない。
 保守派は韓国国旗を示す「大極旗」と呼ばれている。(文政権サイドの勢力は「ロウソク」である)「大極旗」は「文在寅政権退陣」を要求し、「米韓同盟強化」「自由民主主義擁護」を叫び、韓国の哨戒艦「天安」爆破事件の主犯、金英哲を歓待した政権を糾弾して金の訪韓を阻止すべく座り込みも行った。彼らは韓国国旗「大極旗」とともに米国旗「星条旗」を掲げてデモを組んできた。

 ●「金日成主義」政権に挑む動きも
 3月1日は日本統治時代の独立運動記念日だが、大規模な「大極旗」デモがソウル中心部を埋め尽くした。これまでの50代以上の保守層に加え、今回は20~30代の若者が増えた。警察は参加者数を発表しなかったが、主な集結地点だけでも5か所、キリスト教会系、右派救国運動団体、保守政党などが主催し「10万人以上が参加した」と目されている。しかし、韓国警察は数人のデモ参加者を不法行為容疑で逮捕し捜査を開始した。見せしめである。
 南北合作のシナリオはいまのところ順調で、まもなく南北首脳会談が開催される。韓国側準備委員会の責任者は韓国情報機関、国家情報院の徐薫院長。徐氏は文大統領最側近のひとりで2000年、2007年の南北首脳会談を仕切った従北人士の代表格であり、情報機関のトップにいながら改革の名の元に国情院からスパイ捜査権を警察に移管しようとしている人物だ。
 韓国保守派の代表格、金文洙・元京畿道知事は「大韓民国は反人倫的な側(北朝鮮)に立つのか、それとも国民の側に立つのか」と問うている。韓国で体制をめぐる左右対決がさらに激化するだろう。「最終戦争になるかもしれない」と語る保守派もいる。いま韓国保守は圧倒的に不利な条件のなかで韓国の「金日成主義」政権である文政権に挑もうとしている。