公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.10.23 (火) 印刷する

ICPO前総裁拘束した中国の狙いとは 矢板明夫(産経新聞外信部次長)

 本部がフランスにある国際刑事警察機構(ICPO)の中国人総裁だった孟宏偉氏が一時帰国中に失踪し、中国公安省が10月8日に「汚職で調べている」と拘束を認めた。これに対し、孟氏の妻は欧米メディアなどに対し、「夫はえん罪だ」と訴え続けている。

 ●背景に権力闘争、亡命阻止か
 孟氏の出身母体は中国公安省だが、拘束された本当の理由はあきらかではない。ただ少なくとも、中国当局が発表した「汚職」ではないことは明らかだろう。
 公安省が発表した声明では、今回の対応は「大変タイムリーだった」という表現があり、孟氏の拘束に「緊急性」があったことを伺わせた。汚職事件なら証拠さえ固めれば、法律に従って粛々と手続きを進めばすむことで、誘拐に近い形で拘束をする必要はない。
 孟氏の拘束理由については諸説ある。その中で北京の共産党関係者の間でささやかれている最も有力な説は、中国国内の権力闘争に巻き込まれた孟氏が米国への亡命を企てたことを中国側が察知したからだという。
 長年、中国の治安・情報機関の中枢にいた孟氏は、多くの重要秘密を知っている。米中貿易戦争の最中に敵国に亡命すれば、中国の国家機密が外国に漏れるインパクトは大きい。中国当局が慌てて拘束に踏み切ったのもそのためだという。
 しかし、中国当局にとっての大きな誤算は、孟氏の夫人を拘束できなかったことである。夫人がフランスに留まり孟氏失踪の一部始終をメディアに暴露したことも想定外だった。いまは、中国当局がその対応に追われている。孟氏の夫人が10月6日、米テレビCNNの取材を受けた際、中国の在フランス大使館幹部が1時間以内に3度も夫人に電話をかけており、取材を中断させようとしていた。

 ●夫人には党関係者の汚職リストも
 公安省内部に夫人に対応する専門チームを設立されたとの情報もある。10月中旬以降、海外のインターネットでは、夫人に関するネガディブキャンペーンが始まっている。「孟氏の影響力を利用して、複数の金融機関の理事になった」「フランスで贅沢な生活を送っている」「孟氏が前妻と離婚するまでは、孟氏の愛人だった」といった内容だ。夫人のイメージダウンを狙い、中国当局が流したものとみられる。
 夫人はこれまで、多くの外国メディアのインタビューに応じているが、正面の顔の撮影を許さず、夫の拘束の不当性を訴えるだけで、それ以外の疑問については多くを語ろうとしない。その手元には、中国共産党指導者の親族の海外における財産リストがあったともいう。
 孟氏の失踪後、香港紙の蘋果日報は、中国の習近平国家主席の親族が香港で所有する不動産の資産総額は、推定で約6億4000万香港ドル(約92億円)に上ると伝えた。その情報源は、孟氏の夫人ともいわれている。
 フランスの警察の保護下にある夫人は、手元にある情報をちらつかせつつ中国当局を牽制、自らと子供の安全、そして夫の命を守ろうとしているようだ。