公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.10.29 (月) 印刷する

拡大INF全廃条約で中朝ミサイル廃棄を 冨山泰(国際問題研究者)

 トランプ米政権がロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約破棄を表明した問題では、条約破棄が、うまくいけば中国や北朝鮮の同種ミサイル全廃につながり、その結果、日本の安全を高め得るという視点で論ずることが必要である。
 現INF全廃条約が廃棄の対象としたミサイルは、射程500~5500キロの地上発射の弾道ミサイルと巡航ミサイルの全部で、核弾頭だけでなく通常弾頭のミサイルも含む。仮に条約の廃棄により米ロ両国がこの種のミサイルの再開発・配備に乗り出し、中国などを巻き込んだ軍拡競争が始まっても、軍拡を永久に続けることはできないから、いずれは多国間の拡大INF全廃条約が必要という認識が生まれるだろう。その時までに北朝鮮の非核化が実現していなければ、北朝鮮を新条約に含めることもあり得よう。

 ●中国ミサイルの封印可能
 現条約の下で、全廃対象に含まれる中国の現有ミサイルは、以下の通りである。一覧すれば分かるように、日本、台湾や前方展開する米軍を脅かす中国の地上発射ミサイルは全てここに含まれる(ミサイルの射程は米国防総省の中国軍事力報告書2018年版による)。
 ▽準中距離弾道ミサイル(MRBM)と対地巡航ミサイル(LACM)=共に通常弾頭で射程1500キロのMRBM「東風(DF)21C」とLACM「長剣(CJ)10」が日本本土と在日米軍基地を攻撃できる。
 ▽対艦弾道ミサイル(ASBM)=2010年に配備が開始された「東風21D」(射程1870キロ)は飛行の最終段階でコースを修正できる機動式の通常弾頭MaRVを装備し、台湾近海や南シナ海に接近する米空母を攻撃できる。そのため空母キラーと呼ばれる。
 ▽中距離弾道ミサイル(IRBM)=米軍の戦略的要衝グアム島まで届く「東風26」(同4000キロ)の配備が2016年に始まった。グアムの米軍基地に対して核攻撃と通常弾頭による攻撃が可能。南シナ海、西太平洋、インド洋に展開する米空母への通常攻撃にも使える。
 ▽短距離弾道ミサイル(SRBM)=中国が台湾対岸に1000基以上配備する通常弾頭のミサイルのうち、「東風11」(同300~600キロ)の一部と、「東風15」(同725~850キロ)、さらに沖縄本島に届く「東風16」(同700キロ以上)が拡大INF条約の対象になり得る。

 ●「ゼロ・オプション」が有効
 一方、北朝鮮が保有または開発する地上発射の弾道ミサイルのうち、射程が500~5500キロと見られるものは以下の通りだ(射程は防衛省の平成30年版防衛白書による)。
 スカッドC(射程約500キロ)、スカッドER(同1000キロ)、ノドン(同1300キロ)、ノドン改良型(同1500キロ)、ムスダン(同2500~4000キロ)、火星12(同5000キロ)
 東アジアなど地域限定型の拡大INF全廃条約を想定することは、他地域の同種ミサイルの存在を放置することになり、国際社会の幅広い支持を得られない。そこで、拡大INF全廃条約はインド、パキスタン、イランなど中距離弾道ミサイルの保有国全てを含むグローバルなものにならざるを得ず、実現はもとより容易でない。
 特に中国のミサイルを廃棄させるには、いったん日本や台湾が米国のミサイルの配備受け入れを決め、それを交渉カードに中国のミサイルを廃棄させる「ゼロ・オプション」が有効と見られ、日本の決断が必要となる。現条約の交渉で、中距離核ミサイルSS20 を配備した当時のソ連に対する米側のカードとして、米同盟国の西独が中距離核ミサイルのパーシング2と巡航ミサイル、英国、イタリア、ベルギー、オランダが巡航ミサイルの配備受け入れを決断し、最終的にINFの全廃につなげたように、である。