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2018.11.15 (木) 印刷する

首相の勇み足ではないか−日露首脳合意 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 11月14日のシンガポールでの日露首脳会談は、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約締結交渉を加速させ、来年早々、安倍晋三首相が訪露することで合意したが、この合意により日本は固有の領土である国後、択捉両島を永久に失う恐れが出てきた。
 「平和条約締結後に歯舞、色丹を引き渡す」とした日ソ共同宣言を基礎にすれば、2島が交渉対象となってしまうからだ。安倍首相はロシアの望む交渉枠組みに乗った形であり、ロシア側の思惑通りの展開となりつつある。

 ●国後、択捉置き去りの恐れ
 「日ソ共同宣言を基礎に交渉促進」のフレーズは、2001年のイルクーツク宣言や過去の首脳発言でもみられたが、安倍首相は会談後の会見で、「4島の帰属問題を解決して平和条約を結ぶ」という日本の立場に言及しなかった。
 11月15日付の北海道新聞によれば、首相官邸筋は「歯舞、色丹の引き渡しを進め、国後、択捉は共同経済活動で自由往来などを可能にする『2島プラスアルファ』を目指す」と指摘した。
 戦後、4島返還を悲願とした日本政府の基本方針が大きく転換されつつあるが、首相から説明はなかった。日本の新聞が「2島先行返還視野」(朝日新聞)と国後、択捉返還に含みを残しているのは楽観的にすぎよう。
 プーチン政権は従来、56年宣言を尊重するとしながら、国後、択捉の領有については「第二次大戦の結果」「共同宣言に明記されておらず、交渉対象にならない」との立場を貫いてきた。
 ロシア大統領府も今回の合意をすぐに発表。国営テレビは過去の領土問題の経緯を紹介しながら詳しく報じており、日本がついにロシア側の土俵に乗ったことを歓迎しているようだ。

 ●歯舞、色丹も難交渉の予想
 今後は歯舞、色丹の2島の引き渡し問題が重要議題となるが、その交渉も難交渉となろう。歯舞、色丹の面積は全体の7%ながら、経済水域は全水域の約40%を占める。有望漁場で、安全保障上重要な海域であり、軍部が引き渡しに抵抗しよう。
 プーチン大統領はこれまで「2島を引き渡しても主権はどちらに属するのか、レンタルなのか、何も書かれていない」と詭弁を弄し、見解を統一するための専門家会議が必要だと主張している。
 色丹は2000人以上が住み、近年、国後、択捉に続いてインフラ整備を強化している。ロシアは2島を最終的には引き渡すにしても、経済や安保で複雑な条件闘争を挑むだろう。日本側が国後、択捉の継続協議を求めても、ロシアは2島で幕引きだと突っぱねるだろう。年金改革で人気が低下しているプーチン大統領は、国民の反発を買う領土返還に慎重だ。
 今回の合意は、北朝鮮による拉致問題の難航や残る3年の任期という切迫感から、首相の勇み足の懸念が残る。