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2018.11.19 (月) 印刷する

中東のパワーゲーム映すカショギ事件 野村明史(拓殖大学海外事情研究所助手)

 サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ総領事館で殺害された事件で、サウジ検察当局は11月15日、実行犯ら11人を起訴し、このうち5人に死刑を求刑した。サウジのジュベイル外相はムハンマド・ビン・サルマン皇太子の事件への関与を強く否定している。サウジは失墜した国内外の信頼回復と事態収拾に追われている。

 ●サウジ追いつめるトルコの狙い
 トルコのエルドアン大統領は情報を小出しにする執拗な手法で、サウジの追い落としに躍起になっている。カショギ氏殺害がトルコ国内で行われたことにエルドアン氏が怒りを持っていることは明らかだが、事件の動向は、中東での覇権闘争が大きく影響している。
 近年、トルコはクルド人の処遇で米国との関係を悪化させ、中東での存在感を低下させてきた。一方、サウジはトランプ政権誕生後、米国と再接近して、中東で思いのままに権勢を振るっていた。
 エルドアン氏が党首を務める中道右派の公正発展党は、第一次世界大戦後に結成されたムスリム同胞団と密接な関係を築いてきた。同胞団はイスラーム共同体の指導者カリフを中心とする統治システムの再興を目標に掲げている。既存の覇権を維持したいサウジにとって、それを打ち破ろうとする同胞団は、中東の安定を揺るがす目障りな存在だ。
 2012年、エジプトで同胞団系のムルシー政権の誕生に脅威を感じたサウジは、14年に同胞団をテロ組織に指定。17年にサウジは友好関係にあった同じ湾岸協力会議(GCC)諸国のカタールに対し、同胞団支援などを理由に国交断絶を突きつけ、これによりサウジとトルコ、カタールの対立は決定的になった。
 こうした中、トルコはカショギ事件を利用してサウジの勢いを失墜させ、米国との関係を改善して中東で主役の座に躍り出ようとしている。

 ●多極化の取り組み必要な中東
 カショギ氏事件後、アラブ首長国連邦(UAE)やエジプト、オマーンなど多くのアラブ諸国は、サウジの見解に支持を表明。11月2日にはイスラエルのネタニヤフ首相もサウジを擁護する異例の発言をした。今まで曖昧な姿勢を見せることが多かったオマーンがサウジ支持を明確に表明したことは興味深い。アラブ諸国は、現状維持を望むグループと、それに挑戦するグループとに大きく分かれた形だ。
 カショギ事件は今後の中東諸国関係に大きな遺恨となりそうだ。同胞団との関係など対立要因が混在する中東で、1国との関係を深化させることは、域外国にとって非常に危険な賭けとなる。日本は、中東でのビジネスの多極化にこれから真剣に取り組んでいく必要があるだろう。