公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.11.20 (火) 印刷する

「徴用工問題」での橋本発言に物申す 髙池勝彦(弁護士)

 この10月30日、韓国大法院(最高裁)は戦前のいはゆる「元徴用工」に対して、計4億ウォン(約4000万円)の支払を命じる判決を出した。この判決が法を無視したものであることについて我が国では珍しく与野党や全マスコミが一致してゐる。
 判決に対して日本政府は、国際司法裁判所(ICJ)に訴へることを検討してゐるといふ。政府は、この判決があまりに不当であるから、ICJでの勝訴は当然であるかのやうにいつてゐる。しかし、中国や韓国といつた国家を相手にする場合、そんな楽観論で良いのかと、島田洋一福井県立大学教授が11月15日付産経新聞の「正論」欄で書いた。
 同じやうに、観点は違ふが、簡単に考へて対処すると「国際的な司法の場では赤っ恥をかく」と、橋下徹前大阪府知事・前大阪市長が警告してゐる(https://president.jp/articles/-/26658)。

 ●学説としてあるが通説に非ず
 橋下氏は、「労働者のことをどう呼ぶかはあまり問題ではない」とし、「なぜなら、慰安婦問題と異なり、戦時中、日本政府が組織的に強制労働を強いていた事実は存在する」からだと指摘する。橋下氏はこの問題を簡単に考へてゐると、慰安婦問題の時のやうに「慰安婦を売春婦だと罵ってきた威勢のイイ政治家やインテリたちと同じ過ちを繰り返す」ことになると警告してゐる。
 この橋下氏の主張に対してだが、慰安婦問題で日本政府の最初の対応に誤りがあつたこと、ICJに訴へればすぐ勝てると安易に考へることは誤り、との指摘には同意するが、あとは誤りであると筆者は考へてゐる。
 日本と韓国の国家間の問題は、日韓基本条約によりすべて解決したものであるのに、韓国は次々と新たな交渉の場を求めてくる。日本政府も事案によつて(例えば慰安婦問題)は交渉に応じ、譲歩してきたことも事実だ。
 国家間において解決したとしても、個人の請求権は国家間合意の制限を受けないとする学説があることは事実だ。今回の韓国大法院判決も、この学説によつたものらしい。国際人道法といひ、一定の支持を得てゐるが、世間に広く通用してゐる通説ではない。
 韓国でも他の問題、あるひは他国の問題については、通説を採用するのではなからうか。今回の判決をめぐる韓国側の対応には、日本相手の問題なら何でも許されると思ひ込んでゐる印象を拭へない。

 ●応募労働者は徴用工と呼べぬ
 したがつて、今回のいはゆる「徴用工」の問題であつても、我が国としては通説を主張し、条約だけではなく、橋下氏の言ふやうに「当時の労働環境がどうであつたのか、それは世界各国でのそれと比べてどうだったのか」の事実の検証が重要である。
 しかしながら、今回の裁判の原告は「徴用工」ではない。橋下氏は、政府が「徴用工」といふ言葉を使ふと強制的に働かされたことを意味するから、それを避けるために「朝鮮半島労働者」と呼んだのだといふが、誤りである。
 この裁判の原告らは、日本企業の労働者募集に応じて勤務した者たちである。「徴用工」であれば橋下氏の言ふやうに、「戦時中、日本政府が組織的に強制労働を強いていた事実は存在」するから、それについて労働実態や各国との比較が必要であるが、募集に応じて働いた者をそもそも「徴用工」と呼ぶことはできない。
 たゞ、新聞報道で知る限りだが、原告らは労働条件が過酷であつたことを訴へてゐるやうである。さうであれば国際人道法の立場からの反論があり、それへの対処が必要であるが、報道ではすべて「徴用工」問題として括られてゐる。
 この判決が認められれば、戦時中、日本企業において勤務した者はすべて「徴用工」になつてしまふ。橋下氏のやうな影響力のある言論人は、もつと正確な論評をすべきである。
(仮名遣いは原文のまま)