厚生労働省の毎月勤労統計調査など統計不正の発覚を契機に、一部の野党が政府批判の攻勢を強めている。国内外の問題が山積する中、昨年の森友・加計学園や自衛隊日報問題の時のような「疑惑」追及に名を借りた国会の空転は許されない。
一国の統計データの不正は、国内外の信用を失わせかねない重大な問題である。この問題を政局にすることなく、与野党一体で抜本的な改革を図り、政治の信頼回復に全力を尽くすべきだ。
●印象操作に躍起の野党
毎月勤労統計調査は、賃金の推移を見る上でも欠かせない。政府が特に重要と定める基幹統計のひとつだ。従業員500人以上の大規模事業所については全数調査を義務付けている。ところが厚労省は全体の3分の1程度の抽出調査しか行っておらず、全数調査に匹敵するデータにするための統計学的な補正も行っていなかった。
今回の不正が発覚したのは、平成30年6月の賃金指数が対前年同月比で3.3%もの上昇となり、21年5か月ぶりの大きな伸び率を示したからだ。総務省の指摘を受けて再集計した結果、上昇率は2.8%と0.5%ポイントも低かったことが判明した。
1月22日に公表された厚労省の特別監察委員会の報告書は、総務相の承認を得ずに全数調査から抽出調査に変更したことについて「統計法に違反する」との見方を示したが、「意図的なものとまでは認められない」と結論づけた。しかし一部の野党は、不正の背後にはアベノミクスへの忖度があったかのような印象操作に躍起である。
抽出調査は、平成16年から実施されていた。この間には政権交代もあり、不正の解明には与野党が一致して取り組むほかない。事実に基づいた議論以外に、問題の抜本的な解決は望めない。
この点で、土居丈朗慶応義塾大学教授の指摘は、この問題の根本を考えるためにも一考に値する。土居教授は毎月勤労統計の賃金指数は、すべての月で「再集計前」よりも「再集計後」の方が低くなっているわけではないとし、平成25年から26年にかけては再集計後の方が賃金上昇率は高くなっていると指摘した。
●事実に基づく議論を
さらに土居教授が6か月単位で賃金上昇率の動きを分析した結果、平成26年の賃金上昇率は再集計前よりも再集計後の方が高かったことが分かった。26年は4月に消費税率が引き上げられており、賃金の伸びが低かったとされていた。統計不正の問題を政局に終わらせないためにも、事実に基づく議論が求められる。
毎月勤労統計の調査方法はなぜ変更されたのか。厚労省は1月11日のプレスリリースでも理由は明らかにしていない。それどころか、総務省の統計委員会委員長から全数調査ではないのは大きな問題ではないかという主旨の指摘を受けて、その重大さを認識したとしている。危機意識の乏しさにはあきれるほかない。
統計不正の問題は、極めて根の深い問題である。2月5日には、平成29年に政府が377統計の一斉点検を実施したところ、4割弱の138統計で不適切な処理がみつかっていたことが報じられた。
一斉点検の結果を受け、総務省は当時、再発防止策を示したが、2年後の今年1月の点検でも、56の基幹統計のうち約半数の23で不適切な調査が見つかった。
統計不正の背景には、政策立案者としての政治家も含め、統計の重要性に対する認識が不足しているほか、予算や人員の不足を指摘する声もある。だが、それを今回の不正の言い訳にしてはなるまい。
「世の中には3種類の嘘がある: 嘘、大嘘、そして統計だ」。小説家でもあった19世紀の英首相ベンジャミン・ディズレーリ(1804年-1881年)の言葉である。政治家、官僚、研究者は今一度、彼の言葉を反芻してみる必要があるのではないか。