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2019.02.12 (火) 印刷する

虐待防止に不可欠な「親育ち」支援 髙橋史朗(国基研理事・麗澤大学大学院特任教授)

 教育委員会や児童相談所の対応のひどさは言語道断だ。千葉県野田市の小学4年生の女の子が父親からの虐待で死亡した事件を受けて、政府は2月8日、関係閣僚会議を開き、虐待防止に向けた緊急総合対策の徹底・強化を図ることを決めた。
 3週間の研修しかしていない児童福祉司が大きな権限を有している現状を見直し、児童相談所の職員の質を向上させるための児童福祉法の改正が必要である。また、父親による虐待死に注目が集まっているが、平成28年度の虐待死の61%は実母によるものであるという実態も見逃してはならない。それ故に、「人を育てる」ための根本対策や法改正こそが求められているのである。

 ●深刻な「虐待の連鎖」
 私は平成11年から旧自治省(現総務省)の「青少年健全育成に関する調査研究委員会」座長を務めていたことから、翌年4月20日の衆議院青少年問題に関する特別委員会並びに、平成22年4月22日の同委員会に参考人招致され、児童虐待問題について、以下の問題提起を行った。
 第1に児童虐待の根因は親性(親心)の崩壊にあること。マリー・ウィンは『子ども時代を失った子どもたち-何が起っているか』(サイマル出版、平賀悦子訳)で「子育てを大切な義務と考え、子供のために犠牲になる親はいなくなった」と指摘している。児童虐待には親の愛情に恵まれない子供たちが、今度は親になって虐待する側に回る「虐待の連鎖」という根本的な背景がある。法以前の親子関係が崩壊し、親の保護能力が衰退している。
 第2に子供の権利には、「保護と自律」という2つの法観念が含まれていること。前者は19世紀後半の産業化の中での親の保護能力の弱体化を背景にして生まれ、後者は20世紀後半の脱産業社会における家族の崩壊にその源を発している。良き親によって保護される権利が子供にはある。
 第3に緊急措置について。対症療法として児童虐待のすさまじい現実に対して対応するための立法化は必要だが、法は人間関係を破壊することはできるが、強制によって人間関係(親子関係)を形成し回復することはできない。

 ●国家百年の視点で対策を
 第4は児童の権利という法の論理によって、親性の崩壊、自然的保護という親子の人間関係の解体化を促進しないよう十分に配慮する必要があることだ。すなわち、ドイツ政府が児童の権利条約を批准する際に、児童の自律への権利による保護の解体が国内法に波及することを押しとどめる解釈宣言を出しているが、その点に留意する必要がある。
 第5に国家百年の大計としての根本的な児童虐待の予防策である。「親育ち」支援、子育て支援体制の強化、未然防止(発生予防)のための青少年健全育成(「親になるための学び」など)、児童虐待の進行予防のための「早期発見」「早期対応」に取り組むことだ。
 児童虐待の予防的活動として、発生を防ぐ第1次予防、進行を防ぐ第2次予防、再発を防ぐ第3次予防の3段階がある。政府の緊急総合対策は、この第3次予防の中心的役割を担う児童相談所の体制強化と職員の質向上のための児童福祉法の改正などに焦点が当てられている。だが、対症療法的な緊急対応策とともに必要なのは、根本療法的な予防策として、「親育ち」支援、「親になるための学び」「親としての学び」を核とした家庭教育支援法と青少年健全育成基本法の成立を急ぐことだ。