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2019.05.08 (水) 印刷する

北の非核化には「恐怖のシナリオ」しかない 久保田るり子(産経新聞編集委員、國學院大學客員教授)

 北朝鮮が小規模な軍事挑発を始めた。ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談が事実上の決裂で終わったことへの不満の表れだ。4月17日の戦術誘導兵器発射に続いて、5月4日には、短距離飛翔体数発を東海岸の元山付近から北東方向に数発を発射した。
 北朝鮮とすれば、国連安保理制裁に抵触しないぎりぎりの範囲で、米国の非核化要求にも「譲歩しない」ことをアピールし、情勢が緊張局面に戻り得ると「警告」したつもりだろう。米国の譲歩を引き出す意図があるとみられるが、全く新味のない戦術である。
 そもそも、これで米国の非核化方針が変わるわけがない。北朝鮮とすれば対米交渉が全く進展しなかったことで米国への「対抗措置」を示すことで、国内向けの言い訳にし、あるいは引き締めを図る意味が大きいように見受けられる。
 これに対してトランプ大統領は、すぐさまツイッターで「金正恩委員長は私との約束を破りたくないはずだ」と書き込んだ。トランプ氏は発射報告を受けた際に「金正恩は約束を破った」と激怒したとも伝えられており、このコメントはどこか怒気を含んでいるようにも読める。
 ポンペオ米国務長官は米メディアに「我々は北朝鮮の完全な非核化を実現できると信じており、今回の動きが交渉再開の妨げとならないよう願っている」と当たり障りないコメントを出した。

 ●過去10年で最悪の飢餓
 北朝鮮はこれからどう動くのか。選択肢は2つしかない。
 1つ目は、彼らがハノイ会談の準備段階で目論んだ、見せかけの非核化路線に今後も執着し続けることだが、その場合、いつの時点かで米朝交渉は完全決裂する。
 2つ目は、米国の軍門に下ってリビア方式(核の米国への搬出、すべての大量破壊兵器・生物化学兵器、弾道ミサイルなどの解体、核リスト提出など)を受け入れることだ。これなら交渉は前進する。しかし、これまでの金正恩氏の態度と演説等を総合すると2つ目の選択はほとんど可能性がみえない。あえて第3の選択肢があるとすれば、数年間、交渉を中止するハリネズミ戦術だ。
 北朝鮮という独裁国家は、朝鮮戦争以来、対米敵視政策を取り、中国あるいはロシア側に立つことで糊口をしのいできた。人民が飢えても見殺し、反乱の兆しがあれば、おびただしい人数を粛清してきた。だが、冷戦中ならばいざしらず、今日ではこの戦術を取り続けることは困難だろう。中国もロシアも北朝鮮に交渉による非核化を求めている。
 国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)が発表した北朝鮮食糧状況の評価報告書によると、現在の北朝鮮の食糧事情は過去10年間で最悪の状況にある。今年の食糧不足を最低限補うには136万トンの食糧支援が必要だという。
 報告書は北朝鮮人口の約40%に当たる1010万人が緊急の食糧支援が必要だと指摘している。このまま経済制裁が続けば、さらに数百万人が飢えに直面すると警告している。飢餓対策からも金正恩委員長は今後、3度目の米朝首脳会談を模索するだろう。

 ●米機の侵入に気付けず
 金正恩委員長を米国の主張する「最終的で完全に検証された非核化」(FFVD)のテーブルに着かせる方法は「恐怖のシナリオ」しかない。2017年9月、米空軍のB-1Bステルス戦略爆撃機が北朝鮮領海すれすれの元山沖で演習した。その日、金正恩委員長は元山の別荘に滞在していたが、米国は居場所を承知で演習を仕掛けた。しかし、北朝鮮のレーダーはこれを感知できなかった。米国がこの演習を公表したのも異例だった。金正恩委員長は自身の居場所が特定されていたこと、米機の来襲を感知できなかったことで恐怖に陥ったとされる。北朝鮮が対話路線に転じたのは、この体験後、まもなくだった。
 現在、米特殊部隊が参加する大規模な米韓合同軍事演習はほとんどが中止状態にある。だが非核化交渉の停滞が続けば、米国は強硬政策を再考するだろう。米国の対北政策を主導する高官の1人、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、前述したリビア方式を主導したことでも知られる。ボルトン氏の良く知られるジョークは「北はウソをついている。なぜなら彼らの口が動いているからだ」というものだ。恐怖政治国家、北朝鮮との交渉で彼らを動かすには、恐怖による「無言の圧力」しかないことをボルトン氏はよく知っているようだ。

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