公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.06.04 (火) 印刷する

懲りない中国のレアアース輸出規制 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 米中貿易戦争が激化して、ついに中国は米国向けレアアース輸出を制限しそうな気配である。米国は必要量の8割を中国からの輸入に頼っている。
 2010年に日本が尖閣諸島の国有化を決めた際、中国は日本が必要量のほぼ全量を中国からの輸入に頼っていたレアアースの輸出を制限した。同じ年には、中国人権活動家の劉暁波にノーベル平和賞を授与した際、中国は選考委員会が置かれるノルウェーから鮭の輸入も制限した。
 2012年に南シナ海スカボロー礁の領有を巡って中国とフィリピンが対立した際も、中国はフィリピン産のバナナの輸入を制限している。中国は貿易をも戦略的ツールとして使用する国である。

 ●中国産に頼らぬ体制目指せ
 1999年に、喬良と王湘穂という二名の人民解放軍空軍大佐が出版した『超限戦』は「なんでもあり」の中国の戦い方を示したものであるが、その中の相手を屈服させるための手段として67頁(日本語訳)に「貿易戦」という手法が既に書かれている。
 このやり方をさらに遡れば、『孫子の兵法』の虚実篇第六の骨子である「実を避けて虚を撃つ」という相手の脆弱性を攻撃するやり方となる。
 中国を相手に戦う場合、自国の脆弱性を極小化する必要がある。その意味で、東京大学の加藤泰浩教授らの研究チームが南鳥島周辺の海底で発見したレアアースの存在は大きい。埋蔵量は世界消費量数の百年分にあたるとされている。
 このレアアースは、政府が率先投資してでも生産ベースにしなくてはならないが、所管する経産省の資源エネルギー庁は「いくら開発をしても生き金にはならない(コスト的に見合わない)ことは初めからわかっている」と動きは鈍いようだ。

 ●米国相手では報復誘発も
 貿易を手段とする中国のやり方は諸刃の剣である。相手は譲歩するかもしれないが、逆に「やはり中国はこんな国だ」との認識が益々広がり、ただでさえ少なくなりつつある米国内の親中派を一気に対中強硬派に追いやる可能性が高い。米国の報復は強まり、米中貿易戦争はいっそう激化する可能性が出てくる。レアアースの輸出制限は、現在中国が大量に保有している米国債の売却措置同様、中国自身にも影響がブーメランのように跳ね返って来るであろう。
 2010年に中国が日本へのレアアース輸出を制限した後、世界のレアアースの価格は100倍以上に上昇した。ところが日米欧が世界貿易機関(WTO)に提訴して中国が敗訴した後は、国際価格が一気に暴落したのである。
 日米戦争が始まった時、日本はアメリカ人が好む肌触りの良い絹製品を禁輸したが、米国は代替え品としてナイロンを開発してしまった。それと同じように中国のレアアース禁輸は、代替え材料開発の動きが米国のみならず世界中に広まり、長期的にはレアアースの戦略的重要性を低めることになるであろう。