米ソ冷戦の末期、中国共産党は天安門広場で起きた学生の民主化運動を銃と戦車で踏みつぶした。あれから30年を経て、中国は経済力、軍事力とも米国に迫るほどの大国になっても、一党独裁の支配構造とその拡張主義は恐ろしいほど変わっていない。
その異形の中国との大国間競争について、米国務省のカイロン・スキナー政策企画局長は最近、ワシントンの安全保障フォーラムで、「異なる文明、異なるイデオロギーとの戦いである」と定義づけていた。
天安門事件をきっかけに中国は、朽ちゆく共産主義イデオロギーの代わりに、ナショナリズムと改革開放に路線を切り替える。そのために共産党指導部は、西側から先進的な技術や機械を力ずくで導入して経済の底上げをはかった。いまの習近平体制下で先端技術の窃取はますます増長し、ついにトランプ米政権の怒りをかったのが、現在の米中貿易戦争の遠因である。
●「白人と非白人の衝突」
関税戦争ではじまった米中覇権争いは、いよいよ総力戦の気配が濃くなってきた。スキナー局長が、米中新冷戦に向けた対中戦略の「X書簡」を策定中であることを明らかにしたのは、その決意の表れだろう。
X書簡とは、米ソ冷戦時に対ソ封じ込め戦略を打ち出した初代政策企画局長、ジョージ・ケナンの「X論文」になぞらえている。ケナンは1947年、外交誌『フォーリン・アフェアーズ』に筆者Xとして「ソ連の行動の源泉」を書き、直接、米国民に対ソ封じ込めの覚悟を訴えた。
ただスキナー氏は、かつての米ソ冷戦と比較して、米中新冷戦がいかに過酷になるかを強調するあまり、つい舌を滑らせてしまう。ソ連との競争は「西洋家族の中での戦い」であったと語り、中国との覇権争いについては「白人ではない強力な競争相手を持つのは今回が初めて」と白人と非白人の衝突を語った。
彼女はカーネギーメロン大学教授から昨年9月に政権入りした政府高官である。一見すると、ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授が描いた「文明の衝突」の理論を四半世紀ぶりによみがえらせたかのように見える。ハンチントン教授は1993年夏の『フォーリン・アフェアーズ』で、「21世紀の世界は、民主主義によって1つの世界が生まれるのではなく、数多くの文明間の違いに起因する分断された世界になろう」と予言している。
しかし、クレアモント・マッケナ大学のミンシン・ペイ教授が指摘するように、いまの米中激突を「白人対非白人による文明の衝突」と定義すると、世界の分断どころか多人種社会である米国内に潜む亀裂さえ浮かび上がらせてしまう。政策当局者が米中激突をどう位置づけるかは広く影響を及ぼし、国際社会の支持を受けるための合理的な枠組みでなければならない。
●抑圧的な「華夷秩序の旗」
一党独裁の中国によって自由主義世界秩序が脅かされるのであれば、同盟国と協調して対中抑止を厚くすべきであろう。しかし、トランプ政権はその同盟国を軽視し、貿易赤字削減という狭い政治目的のために対中包囲の足並みを崩してしまう。習政権はそのスキを突いて、多国間協調主義のフリをしながら影響力を拡大しようとする。
新興大国がその力を誇示するため国際会議を自国で開催することは、歴史上、何度も繰り返されてきた。4月下旬の経済圏構想「一帯一路」の国際フォーラムに続いて、皮肉にも5月半ばには「アジア文明対話大会」と銘打つ国際会議を開催した。
習近平主席は、この文明対話の基調演説で、中華文明が開放的な体系であることを強調し、「未来の中国はより開放的な姿で世界を抱き、より活力ある文明の成果で世界に貢献する」と歌い上げた。ご丁寧にも人民日報は、スキナー発言を受けた形で、「文明の衝突か対話か、対抗か協力かは人類の前途、命運に関わる重大問題だ」と、文明間の対話を強調していた。
あたかも中国が、凋落する民主主義に代わって社会主義統治モデルを世界に拡散する試みのようである。実際にロシア、トルコ、カンボジアでも、中国にならって「強国独裁」をめざす政権が国民の民主化要求を圧倒する。
米欧が巻き終えた自由主義の旗に代わって、中国が広げ始めたグローバリゼーションの旗は、中国を頂点とする抑圧的な「華夷秩序の旗」であることを肝に銘じるべきではないか。だからこそ、やがて明らかになるスキナー氏の「X書簡」が、米中二国間の「文明の衝突」ではなく、不ぞろいの自由主義国家を対中結束にまとめる自由擁護の理念であってほしい。