6月17日、文在寅大統領は7月24日で2年の任期が満了となる文武一(ムン・ムイル)検事総長の後任として、尹錫悦(ユン・ソクヨル)ソウル中央地検長(検事正)を指名した。高検検事長を経ていない地検長からの検事総長起用はこれまでにない異例の人事だ。検事総長は大統領が指名し、国会の公聴会の意見を聞いた上で大統領が任命する。公聴会の同意は必要ない。
尹地検長は1979年ソウル大学に入学し、在学中に光州事件の模擬裁判を行い検事役として当時の全斗煥大統領に「死刑」を求刑したという学生運動の活動家出身だ。ソウル大在学中に司法試験1次試験に合格したが2次試験に9回失敗し、10回目に合格して94年に検事となった。
2013年4月から朴槿恵大統領が当選した選挙における国家情報院の介入疑惑事件に対する特別捜査チームの責任者となり、上層部の反対を押し切って国情院の押収捜査を断行し、国情院職員を逮捕した。その後、平検事に左遷されたが、文政権成立後、ソウル中央地検の地検長に抜擢され、「積弊清算」と呼ばれる前政権高官への捜査の指揮を執っていた。
文大統領のこの異例の人事に対して、来年4月の総選挙に向けて第1野党を無力化して、北朝鮮との連邦制統一を可能にする憲法改正を狙ったものだという批判が保守派から出ている。
以下は、保守派元老の李東馥(イ・ドンボク)氏が6月17日にニュースサイト「趙甲済ドットコム」に寄稿したコラムの全訳だ。李氏は「文政権の政局運営が、1934年にワイマール共和国のドイツでアドルフ・ヒットラーがドイツ議会を通じて「ナチ独裁」体制の樹立を追求した過程を彷彿させる」と激しく批判している。
李氏は韓国日報記者出身で、朴正熙政権に請われて政府に入り、数十年間、南北対話の実務を担当した。その後、国会議員や大学教授を経て、現在、文在寅政権に反対する保守運動のリーダーとして活躍中だ。
自由韓国党の唯一の選択肢は「協力の政治」でなく
「生きるか死ぬか」の極限闘争
文在寅大統領が、次期検事総長に尹錫悦(58歳・司法研修院23期)ソウル中央地検長(検事正)を指名した。尹地検長の次期検事総長指名は野党、中でも自由韓国党の反対で国会法司(司法)委員会での承認同意が不発になるだろうが、それを承知の上で指名を強行した時点で、国会法司委の承認同意の有無にかかわらず任命を断行するという意志が明確にあるということだ。
文大統領の「意志」とは、来年4月の国会議員総選挙を控えた政局運営において、ソウル中央地検長の立場で尹地検長が機関車的役割を遂行してきた、いわゆる検察主導の「積弊清算」作業を政府次元でより一層、積極的に拡大、強化していくということである。文大統領の政局運営は、「積弊清算」作業を通じて、自由韓国党が改憲阻止ラインの現有議席(注1)を確保できなくする政治工作の尖兵として検察をより一層、積極的かつ露骨に利用するということだ。
このような文大統領の政局運用策略は究極的に「北朝鮮との連邦制」実現を可能にする「憲法改正」と関連しているという点で国民的関心事だ。文大統領は現国会で自由韓国党が保有する改憲阻止ラインの議席を直接切り崩す乱暴な試みは一旦諦めたようだ。その代わり今の国会では、可能ならば法案のファストトラック(迅速処理案件)指定の強行採決に抗議して審議拒否をしている自由韓国党の院内復帰を実現させることを目指している。それができなければ自由韓国党の院内復帰なしで「群小野党3党(野3党)」(注2)だけと審議する無理な便法を使っても、すでに強行採決したファストトラック指定を使って「比例連動制」への選挙法改正を押し切る腹積もりのようだ(注3)。
文大統領と彼の腹心らは「比例連動制」が実施されれば来年4月総選挙で、ともに民主党の議席が直接増えなくても、現在111議席の自由韓国党を「改憲阻止ライン」の101議席以下に減らし、いわゆる「野3党」の議席数を増やして、これらと共に「改憲可能ライン」を確保することができるだろうと見ているのだ。
自由韓国党の議席数が「改憲阻止ライン」以下に減少する異変が発生しさえすれば、来年6月に始まる第21代国会の最優先懸案は文政権が執念を燃やしている「南北連邦制のための改憲案」処理になることに異論の余地はない。文政権は来年の選挙に勝って、その勢いで最短期日内にこの改憲案の国会通過と国民投票を強行するだろうことは間違いない。
結局、文大統領の尹検事総長起用は、自由韓国党を他に何の選択肢もない袋小路に追い込んだ。ともに民主党と「野3党」によるファストトラック採決が強行された後、院内闘争を止めて場外闘争に出た自由韓国党は、このところ院内復帰への強い圧力に直面していたことは事実だ。しかし、文大統領の尹検事総長指名の強行は、自由韓国党の院内復帰の道を決定的に封鎖したと言える。
形式論理上では、新任検事総長の任命同意のための国会法司委員会公聴会が、自由韓国党を登院させる「名分」にする側面がなくはない。しかし、すでに異論の余地がない事実は、文大統領は国会法司委での任命同意の有無と関係なく、尹検事総長任命のための手続きを満たす過程に入っていることだ。文政権下では国会を通じた「協力の政治」は実体がないニセモノに過ぎない。自由韓国党がこうしたニセの「協力の政治」のパートナー役に甘んじるなら、国民的支持基盤との絶縁を招き、その立ち位置を喪失する結果を招くだろう。
このような状況は今大韓民国で展開している文政権の政局運営が、1934年ワイマール(Weimar)共和国のドイツでアドルフ・ヒットラー(Adolf Hitler)がドイツ議会を通じて「ナチ独裁」体制樹立を追求した過程を彷彿させ、心ある人々の警戒心を呼び起こしている。
自由韓国党に残された唯一の選択肢は「協力の政治」という欺瞞を選択して民主主義破壊の共犯者になるのではなく、国民の側に立って場をひっくり返すことを追求する「生きるか死ぬか」式の極限的闘争の道を選択するということにならざるをえない。
歴史的にも私たちはその「先例」を数え切れなく確認してきている。今も香港でそのドラマが繰り広げられていることを目撃しているところだ。その間、文政権は時をわきまえず「ロウソク革命」だと公然と語ってきた。それなら「太極旗革命」はどうして良くないといえるのか。
今回の文大統領のこの上なく無茶な尹検事総長指名に対して、大韓民国の愛国市民は、このような観点の方案を賢くそして情熱的に講じる歴史的必要が生まれたと考える。しかも、今回はもう一つの問題が登場している。文大統領と彼の腹心が今「比例連動制選挙法」と共に「高級公務員不正捜査処法」のファストトラックを通した成立に貪欲な目つきで向かっていることだ。
問題の「高級公務員不正捜査処法」が成立すれば、野党、特に自由韓国党所属議員をターゲットにする「積弊粛清」次元の尹体制の「政治検察」に「毒きば」を付けてやる結果になると憂慮されている。自由韓国党の黄教安代表には、今回こそ「協力の政治」という詐術に引っかからず、国民とともに正攻法で戦う姿を期待している。
(注1)韓国は現在1院制で、憲法改正発議は国会定員300議席の三分の二以上が必要で、改憲阻止ラインは101議席。
(注2)6月現在の議席数は与党「ともに民主党」が128。野党は「自由韓国党」111、「正しい未来党」28議席、「民主平和党」14、「正義党」6。
(注3)4月30日、ともに民主党と自由韓国党を除く少数野党3党は、選挙法改正案と高級公務員不正捜査処法などをファストトラック指定する強行採決を行った。その結果、それら法案は委員会議決なしで330日以内に本会議で採決が可能となっている。