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2019.07.08 (月) 印刷する

中国の欧州進出は「避実撃虚」と「伐交」 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 6月下旬にエストニアでの米国防大学(NDU)卒業生セミナーに参加し、欧州各国のNDU卒業生との会談で中国の欧州進出について詳細を聞くことができた。それらを総括すると、中国のやり方は、まさに『孫子の兵法』にある「避実撃虚(強い敵をさけて相手の虚をつく)」と「伐交(敵と同盟国の外交を分断)」の実践といえる。

 ●中東欧に的を絞る狙い
 中国は国力や国内基盤が確固としている西欧を避け、旧ソ連の支配から逃れたばかりの中東欧に狙いを定めて進出している。その代表例が、中国が中東欧16カ国との経済協力を進める枠組みとして2012年に発足させた「16+1」だ。毎年首脳会議が行われ、ことしギリシャが加わり「17+1」となった。
 習近平政権にとってこの枠組みは「一帯一路」の一環で、事務局は中国外交部にあって欧州側には存在しない。マルチの枠組みだが、実際のインフラ投資交渉は二国間で行われている。
 ギリシャのピレウス港からセルビアを抜けてハンガリーのブタペストに至る高速道路・鉄道は、中国資本によって建設されている。しかし投資に見合った収益があまりないなど、経済的合理性に疑問を投げかける欧州人が多い。
 クロアチアは長い海岸線の一部がボスニアヘルツゴビナに遮られているため、それを克服するための橋を架けたが、建設は中国が行った。ボスニアヘルツゴビナも通信インフラは中国によって支配されている。
 NDUの卒業生であるスロベニアの大統領安全保障担当補佐官(2001年卒)は「中国投資は、殆ど成功していない」と言い、ラトビアの外務大臣(2003年卒)も「誇張されて報道されている」と語っていた。「フィンランドのヘルシンキとエストニアのタリンを結ぶトンネルが中国によって建設される」といった報道もある。

 ●EU内の分断図る狙いか
 欧州連合(EU)内には、投資のルールや規範があるが、中国はそれらを守ろうとせず、互恵関係もない。中東欧諸国はEUよりも中国を優先しがちで、EU内の分断が問題となっている。
 EUの欧州委員会や欧州議会は、単一市場における調達や投資の規則が、中国の投資では軽視される点を懸念している。昨年の「16+1」首脳会議の開催国ブルガリアのベレネ原子力発電所建設計画には中国も関心をよせているが、汚職の巣窟とされ、EUの基準も満たしていない。
 2014年と2017年にそれぞれ首脳会議を開催したセルビアとハンガリーでは、中国が支援する首都ベオグラード-ブタペスト間の高速鉄道計画で欧州委員会が調査に入る事態になっている。モンテネグロの高速道路プロジェクトも中国の投資額が同国GDPの4分の1にも上り、スリランカのような〝債務の罠〟に陥る可能性が指摘されている。
 昨年辺りからEUでは、中国のやり方に対する非難のメッセージが発せられるようになっているのも、こうした実例が次々と発覚しているからだ。