公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2019.09.30 (月) 印刷する

まだまだ甘い情勢激変への国防認識 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 令和元年版防衛白書が9月27日、閣議で了承された。今回の情勢判断の特徴としては、北朝鮮の核開発について「核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる」としたことが大きい。
 一方、気がかりなのは、同盟国アメリカのトランプ大統領が「日米同盟は不公平」と再三発言したことについて、何故か白書が全く取り上げていないことだ。
 第3に、これまで安全保障上の友好国として認識されていた韓国が親北的な文在寅大統領の政策により、最悪の場合、これまで朝鮮半島の最前線であった38度線が対馬まで後退する可能性が生じていることである。
 第4には、我が国の原油輸入の約9割を依存している中東情勢が緊迫してきたこと。第5に米中貿易戦争の影響で中国とロシアが緊密な軍事的協力関係をもつに至り、第6に米露間の中距離核戦力(INF)全廃条約が破棄され、無条約時代に突入したことだ。
 そして最後は、数年前から一貫していることであるが、サイバーや宇宙と言った新たな領域が戦場となりつつあることだと思う。

 ●現状でミサイル迎撃は困難
 我が国全域を射程に収める北朝鮮の弾道ミサイルには、いまや核弾頭が搭載できるようになっている。即ち金正恩の一存で我が国が壊滅する危機が現実のものとなっているわけだが、その中で米軍の最高指揮官が、同盟の不公平を頻繁に口にしているのである。
 我が国はこれまで50年間、白書でも一貫して①専守防衛に徹する②軍事大国とならない③非核三原則を貫く―を大原則としてきたが、これまで通りで良いのかという根本的な疑問をあらためて突きつけられている。
 本年5月以降、北朝鮮が連続して発射しているロシアの「イスカンデル」に類似した短距離弾道ミサイルに関しては、最大射程600kmで我が国の一部が射程に入る。飛行途中で軌道を変更することから、我が国が保有する弾道ミサイル防衛では迎撃が困難であるのにも拘わらず、その事実が記載されていない。

 ●非核三原則再検討すべき時
 サイバーや宇宙空間、電磁波領域での戦いでは、攻撃側が防御側に比し、圧倒的に有利であるという戦いの特性について記述されていない。
 また韓国の約60万の軍が大陸専制国家群側に組み込まれる可能性も出てきた。中東情勢が緊迫してきたことにより、船舶保護のため海自艦艇を派遣するにしても、現在の平和安保法制の枠組みでは無理が生じる。
 さらにINF全廃条約が失効したことにより、これまで開発・配備が野放しとなっていた中国の中距離核ミサイルに対抗するため、エスパー米国防長官は8月、アジアに地上発射型中距離ミサイルを配備することに意欲を示した。豪州から中国に中距離弾道ミサイルは届かない。台湾や韓国、フィリピンに配備することは政治的に困難であれば、あとは日本しか残らないではないか。非核三原則の再検討を議論すべき時にきているのである。

 ●「グレーゾーン」で日米に齟齬か
 中国は海上民兵・海警・海軍の組み合わせで戦わずに領土拡張のような既成事実を積み重ねるグレーゾーン作戦を推進中であり、今年米海軍大学の教授グループがこれをテーマにした大部の書を出版した。
 同著によれば、米国防総省の作戦計画は段階順に平時、グレーゾーン活動、テロのような非正規戦、ハイブリッド戦、通常戦、大量破壊兵器使用の戦域通常戦、そして全世界核戦争と分類し、ロシアが行っているハイブリッド戦と中国のグレーゾーン作戦との明確な違いを説明している(China’s Maritime Gray Zone Operations, 22-24頁)。これに対して、防衛白書では、I部の冒頭や第II部の囲み記事(215頁)でグレーゾーンの事態とハイブリッド戦を同列に扱っている。米軍関係者と作戦計画を協議する際に齟齬が生じないのか心配である。