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2019.10.01 (火) 印刷する

日米貿易協定、合意は交渉の始まりだ 大岩雄次郎(国基研企画委員兼研究員)

 安倍晋三首相とトランプ米大統領は日本時間の9月26日、日米貿易協定の最終合意を確認し、共同声明に署名した。
 安倍首相は「これは両国の消費者、全ての国民に利益をもたらす合意になった」と自我自賛してみせた。
 一方、トランプ大統領は署名に際して「驚異的な新貿易協定」「米農家にとって巨大な勝利であり、それが私にとって重要なこと」としつつも、あくまで「第一段階」と位置付け、「かなり近い将来により包括的な貿易協定にしたい」と述べている。
 今回の協定を自由貿易協定(FTA)の一部と位置付ける米国と、当初から物品貿易協定(TAG)と位置付ける日本は同床異夢の状況にある。日米貿易交渉の第2段階には、日本として十分な準備と戦略が求められる。

 ●第一段階はウィンウィン
 今回の協定で日本側の勝者は安倍政権と消費者であることは間違いないが、生産者もまた敗者ではない。
 日本は農産品の市場開放を環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の水準内に抑える一方、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表によると、米国の自動車関税は今回の合意には含まれない。つまり、焦点だった1962年米通商拡大法232条に基づく自動車・同部品の輸入に対する制限措置も回避され、自動車関税の問題は継続協議となった。
 安倍首相は「今回も共同声明の内容が日本の自動車・自動車部品に追加関税を課さない趣旨であることは私からトランプ大統領に明確に確認をし、トランプ大統領もそれを認めた。私とトランプ大統領の間で確認できている」としている。
 この点に関しては、共同声明には「日米両国は、これらの協定が誠実に履行されている間、両協定及び本共同声明の精神に反する行動を取らない」と明記されている。さらに、内閣官房TPP等政府対策本部及び経済産業省は、自動車・同部品に対して数量制限、輸出規制などの措置を課すことはない旨を閣僚間で確認したと発表している。
 安倍政権としては、今回の協定はTPP水準に収め、新たな特定分野への影響を回避できたし、TPP参加国に対しても信頼を損なう状況も回避できたことになる。消費者も今後より安価な農産物を享受できる範囲が拡大する。
 今回の協定ではあまり大きく取り上げられていないが、コメについて、TPPでは7万トンの無関税枠を設定したが、脱脂粉乳・バターとともに無関税枠は設定されていない。これまで繰り返し争点になってきたコメの問題も回避された。
 米国側については、勝者はトランプ大統領自身である。トランプ政権がTPPから離脱したことで失った米国の利益を回復しただけであるので、米国の消費者・生産者にとって実質的な利益はないが、トランプ大統領の再選に向けた選挙対策としての効果は計り知れないと思われる。

 ●正念場は第2段階
 今後、日米両国は包括的な貿易協定の締結を目指して、2020年4月をめどに第2段階の協議を開始する予定とされている。
 日米共同声明には、「こうした早期の成果が達成されたことから、日米両国は、日米貿易協定の発効後、4か月以内に協議を終える意図であり、また、その後、互恵的で公正かつ相互的な貿易を促進するため、関税や他の貿易上の制約、サービス貿易や投資に係る障壁、その他の課題についての交渉を開始する意図である」と明記されている。
 そもそも、昨年9月の日米共同声明の3項でも「TAGについて、また,他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する」と謳われており、TAGの範囲に止まらず、実質的にFTA交渉に入ることは、避けがたい既定の事実となっている。
 米国は輸入している乗用車に2.5%、トラックに25%、関連部品に2.5%の関税をそれぞれ課しており、米国が離脱する前のTPP合意では自動車部品の8割以上で即時撤廃、乗用車は段階的に引き下げて25年目で撤廃することになっていた。
 しかし今回の合意では、「さらなる交渉による関税撤廃」と記すにとどめ、現段階では事実上、関税削減を断念した。
 自動車の関税問題は継続協議とはいえ、このままでは世界貿易機関(WTO)ルールに違反する可能性は否定できない。第2段階の交渉は、単に日米間の問題にとどまらず、公正な自由貿易を標榜する国としての信頼性にかかわることを肝に銘じて臨む覚悟が求められる。