報道によれば安倍晋三首相は10月18日、国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合で、中東への自衛隊派遣の検討を指示したという。
菅義偉官房長官は会見で「派遣の目的は情報収集の体制の強化とし、派遣根拠は調査研究」、そして「オマーン湾、アラビア海北部の公海、バベルマンデブ海峡の東側の公海を中心に検討する」と活動範囲を述べ、ホルムズ海峡には触れなかった。背景には友好関係にあるイランへの配慮だけでなく、法的側面があるとされる。
中東各国が原油輸出に使用するホルムズ海峡付近で、6月にわが国などのタンカー2隻が攻撃されたことを契機に、米国は船舶の安全航行を目的に、有志連合構想「海洋安全保障イニシアティブ」を打ち出し、参加を各国に呼び掛けた。
それに呼応して英豪が直接参加を表明し、仏は欧州諸国と共同で構想に賛意を示すなど、各国の姿勢が決まっていく中、我が国としての対応は遅々として見えてこなかった。
遅きに失しているとはいえ日本としての方針を示したことに一定の評価はしたいが、本稿では、ホルムズ海峡のもつ「法的側面」、あるいは自衛隊の派遣根拠との関係などを整理し、派遣の意義について考えてみたい。
●両沿岸国は通過通航権認めず
まず押さえておきたいのはホルムズ海峡の特徴だ。オマーン湾とペルシア湾を繋ぐ海上交通の要衝だが、最狭幅は対岸から約21マイル(39キロ)しかない。北岸はイラン、南岸はオマーンで、両国の領海(幅12マイル)が重なる部分には中間線が引かれる。
船舶の航行は分離通航方式で、オマーン湾からペルシア湾へ入る場合は北側の航路を、逆に出る時は南側の航路を通航する。通峡途中で90度以上の急角度の変針(方向変換)の必要があり、特に他船への注意が必要だ。
さて一般に、公海においては慣習法上の自由航行が認められている。他方、軍艦が他国の領海を通航する場合、国連海洋法条約では、沿岸国の平和や秩序、安全を害さない限り無害通航の権利が保障される(第19条)が、艦載機の上空飛行は領空侵犯となり、軍事行動や調査活動も制約される。
一方、条約では、公海部分のない海峡で国際航行に使用される国際海峡は、自由航行に近い通過通航が認められる(第38条)。すなわち、航行及び上空飛行の自由が継続的かつ迅速な通過のためなら認められている。
ホルムズ海峡の場合、沿岸国であるイランとオマーンは、領海内の無害通航を主張して国際海峡の通過通航権を認めておらず、外国艦船の通航には事前通告・許可を求めている。オマーンは海洋法条約の締約国だが、イランは非締約国であり、無害通航にも、より厳しい制約を課している。
●法的議論の回避は本末転倒
これに対して、米国は、ホルムズ海峡を国際海峡と位置づけ、通過通航が適用されると主張する。条約の非締約国ではあるが、通過通航制度は慣習法化しているためすべての国に適用されるという立場だ。実際、海峡の上空飛行をするなどの国家実行を重ねている点で、海峡両岸の国の主張と対立している。
仮に我が国がホルムズ海峡は国際海峡でないとする立場をとり、海上自衛隊の護衛艦を日本タンカーの護衛任務として派遣する場合、当該活動は軍事活動であるから、領海内の無害通航には該当しない。
また、監視任務であっても調査活動とみなされ、無害通航から外れることになり、両沿岸国の主張と対立する。これは派遣根拠が海賊対処行動、海警行動あるいは調査研究のいずれであっても変わらない。逆に、国際海峡だとの認識を示した場合も、国際海峡の通過通航制度を否定する両国と明確に意見が対立する。
このような議論を回避するため、今回、政府は派遣海域からあえてホルムズ海峡を外したのではないかと推察される。
しかし果たして、これでわが国の国益が守れるのだろうか。ホルムズ海峡が我が国のエネルギー輸送路のチョークポイントであることは、誰もが承知している。にもかかわらず法的議論回避を優先するのでは、本末転倒の謗りは免れない。
●またも判断は現場まかせか
前述したように、今回政府は、派遣の根拠を防衛省設置法第4条18号「調査研究」にするようだ。できるだけ、軍事色を弱めようとする狙いがあるのかもしれない。しかし、艦船は外形上、その行動根拠の見分けはつかないし、付近の商船からは、軍艦・軍用機としての行動を期待されるだろう。
であれば、派遣される部隊の手足を極力縛らないというのが、常識的な判断ではないか。海上警備行動であれ、特別立法措置であれ、商船を防護するのに十分な武器使用権限を付与し、あとは現場の判断にゆだねる。そのような派遣が本来あるべき姿ではないだろうか。
それと同時に我が国として、ホルムズ海峡に関する法的立場を明確にしておくべきだろう。少なくとも同盟国である米国と部隊運用の上で齟齬をきたすことのないようにしておくことは重要な留意点ではないか。
最後に、海峡内の分離通航帯はほとんどがオマーン領海内ということを指摘しておきたい。通峡する船舶の多くがオマーン領海を通航するので、法的観点からは、オマーンに対する配慮は必要だが、対イランの必要性は低い。報道で指摘される「友好国イランへの配慮」というのは、ホルムズ海峡とは別の問題ということにならないか。
政府は、死活的に重要なエネルギー資源を輸送する日本商船が攻撃を受けてから、派遣検討まで、いったい何か月かけたのだろうか。6月の事案は、筆者がホルムズ海峡を通峡した経験からすると、即断即決を要するものだった。現在ホルムズ海峡の状況は小康状態のようだが、いつなんどき急変するか予断を許さない。予防としての派遣には大きな意味を持つ。先の大戦で我が国は、海上輸送路の護衛を軽視し、海運ルートを壊滅させた。この血の教訓を、決して無駄にしてはならない。