公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.01.09 (木) 印刷する

イラン情勢緊迫で喜ぶのは中國 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 『孫子の兵法』火攻篇第十二に「「主は怒りを以って師(戦争)を興すべからず。将はいきどおりを以って戦いを致すべからず。利に合えば而ち動き、利に合わざれば而ち止まる。怒りは復た喜ぶべく、慍りは復た悦ぶべきも、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。故に明主はこれを慎しみ、良将はこれを警む。此れ国を安んじ軍を全うするの道なり」とある。
 トランプ大統領は、年末にイラクへのロケット弾攻撃で殺害された米国人への報復として、イランで最も過激なソレイマニ革命防衛隊司令官の殺害を、当初は却下したにもかかわらず、テレビでイラク国内の米大使館に対するデモを見て決断したと報道された。
 片やイラン側は、自国の英雄であるソレイマニ司令官殺害の報復として8日、弾道ミサイル十数発を在イラク米軍基地に打ち込んだ。両者とも感情に基づいて戦いを起こそうとしてはいないか。

 ●金正恩へのメッセージにも
 2003年の米国主体の有志連合によるイラク攻撃が始まった直後、当時の北朝鮮指導者であった金正日が逃げ回っていたことを、当時防衛庁情報本部長であった筆者は掴んでいた。
 後継者の金正恩は昨年、米国に「どんなクリスマスプレゼントをするかは米国次第」と言い放ちながら、結果的に何もしなかった。米国の反撃が怖くて「できなかった」のが真相であろう。
 今回のソレイマニ司令官殺害に関して、米メディアの中には、日本の国民的英雄であった山本五十六連合艦隊司令官に対する待ち伏せ攻撃との類似を報じる報道があった。当時の日本としては、報復の意図があったであろうが軍事力の差は如何ともし難かった。
 同様にイランが報復攻撃として弾道ミサイルを十数発発射したが、米国人の被害はなく、また数倍の反撃ができる軍事力を米国は有している。その米軍事力を最も恐れている中国は、今回の米イラン緊張で米国の矛先が中東に向かってくれたことで安堵したのではないか。

 ●「外した」ではなく「外れた」
 今回のイランによる報復に関して、イラン専門家の慶應大学大学院の田中浩一郎教授は「イランの弾道ミサイル攻撃は米軍基地をわざと外した。これはイラン側が穏便に済ませたいという意図」とテレビで何度も表明している。
 しかし、イランの弾道ミサイルは北朝鮮のノドンを基にした液体燃料方式であり、最も高いCEP(半数必中界:精度)でもせいぜい200メートル程度である。イランの弾道ミサイルは、わざと標的を外すような芸当ができる代物ではない。その証拠にシリア国境近くまで飛んで行った不発弾が数発あった。米国が行なっているピンポイント攻撃とは訳が違うのだ。
 おまけに田中氏の論調は「トランプは馬鹿だ」という感情的なバイアスがかかっているので聴取には注意を要する。例えば、年末のイランによる米国人殺害に関しては何も言わずに「米国のソレイマニ司令官殺害は米・イラン戦争への導火線に火をつけた」と語っている。
 米国の核合意からの撤退に際しても「滅茶苦茶だ」とテレビで語っていたが、米国が核合意に欠落しているとしてイランに求めた12項目要求の中には、今回の攻撃手段に使われた弾道ミサイルも入っており、あながち滅茶苦茶とも思えない。同じイラン専門家でも日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事の坂梨祥氏の方がマトモである。
 もう一つ軍事に関して言うと、年末にオマーン湾で行われたイラン、露、中の海軍合同演習は、シンボリックな意味合いこそあれ、海軍能力の3カ国連携・向上と言う観点からは殆ど意味を持っていない。