公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • 反共の闘士、李度珩氏を偲ぶ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)
2020.04.08 (水) 印刷する

反共の闘士、李度珩氏を偲ぶ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)

 李度珩(イ・ドヒョン)前「韓国論壇」社長が5日、逝去された。87歳だった。最近は日本に来られる度に、国基研の企画委員会でも韓国情勢について講演をしてくださった。韓国保守論壇の重鎮であった。
 「朝鮮戦争勃発時、ソウルを占領した北朝鮮共産軍がソウル大学病院で患者を虐殺し、それを止めようとした医者、看護師も皆殺しにした。ところが、いまの50代以下の若い世代はその事実を知らないで、南北対話に酔っている。すでに韓国は取り返しのつかないくらい赤化してしまった。このようなことを言う私のような老人は守旧反動と罵倒され、発言の機会さえあたえられない」
 国基研で最後に語ってくださったこの言葉が今も耳に残っている。

 ●日本の容共報道姿勢を批判
 私と李度珩氏とのつきあいは1980年代からだから40年近くになる。82年の第1次教科書事件のとき、私はソウルの日本大使館で専門調査員として必死で韓国紙の報道を追いかけていた。そのとき李度珩氏は朝鮮日報の東京特派員として連日、日本批判を続けていた。
 韓国のマスコミは日本の検定制度について理解が乏しく、国定教科書の原稿記述を文部省が圧力をかけて書き換えさせたと誤報した上で、朝日など反日新聞の報道を韓国語に訳して書きまくっていた。ところが、李度珩氏だけは文部省に行って検定制度について取材し、それを踏まえて当時の日本の教科書検定官や学界の歴史認識を、韓国の立場から激しく批判していた。
 その当時、大多数の韓国紙の記事は日本の新聞の引き写しで、日本の新聞の誤報をそのまま検証なしに引き写していた。私はそれらを読みながら、なぜ事実を調べないのかと強い不快感を抱いていた。ところが、李度珩氏の記事だけはそのような部分はなかった。読んでいて同意は出来ないが、事実の間違いはないので不快ではなかった。
 李度珩氏は日本でも多数の本を出しているが、最初が1981年の『日本の韓国報道は信じられない』(エール出版)だ。そこでは、北朝鮮に対する批判をまったくせず韓国の朴正熙政権だけを激しく叩く当時の日本マスコミの容共報道姿勢を激しく批判していた。その批判は正しかった。

 ●自宅差し押さえにも屈せず
 ところが、韓国が80年代から急速に左傾化していくと、李度珩氏の批判は韓国の左派マスコミ、政治家、学者らに向けられていった。1989年、日本の「諸君!」のような反共保守を旗幟鮮明にする雑誌を出したいとして、李度珩氏は長年勤めた朝鮮日報を退職し、「韓国論壇」を創刊した。
 私はソウルに行くたび同誌編集部を訪ねたが、最初はソウル中心部のビルに広い事務所を構え、多くの編集部員が勤めていた。
 ところが、1997年に金大中政権が発足すると、李度珩氏は大統領選挙の候補者討論会で金大中候補を厳しく追及、これが名誉毀損だとされ、検察が刑事事件として捜査を始めた。また、与党や左派の市民団体、労組などが「韓国論壇」の記事を問題とする多数の民事訴訟攻勢にもさらされた。敗訴して多額の賠償金支払いを命じられ、自宅を差し押さえられたこともあった。
 その頃、編集部に行くと、部員は昔の記者仲間1人がボランティアでいたほかは、経理担当の奥様だけだった。
 当時、私も日本で「現代コリア」という貧乏雑誌の編集部員をしていたので、李度珩氏に「どちらが先につぶれるか競争ですね」と冗談を言うと、李度珩氏は「韓国論壇」の最新号を封筒に入れて持たせてくれ、「これを持って表を歩いていて警官に不審尋問された読者がいるから、ホテルに戻るまで封筒から出さないように」と真面目な顔で注意したことを覚えている。

 ●自由民主主義の危機を警告
 2000年6月、当時の金大中大統領が平壌を訪問したとき、これは平和の訪れではなく、韓国の赤化革命の入り口だという見方で李度珩氏と私は意見が一致し、私が日本でそのことを書いた『金大中と金正―南北融和に騙されるな!』(PHP研究所)を「韓国論壇」から翻訳出版していただいた。そのとき李度珩氏からは「保守系の出版社に持ち込んだがどこも怖がって引き受けないから私のところで出すことにした」と聞かされた。
 李明博、朴槿恵政権時代、各界各層に浸透した親北勢力をすべて剔抉しなければならないのに、両政権にそのような危機感がなく、イデオロギーの時代は終わったなどと甘いことを言っていた。李度珩氏は、このままでは韓国の自由民主主義は滅びると繰り返し警告していたことを昨日のように思い出す。
 世論調査などによると、韓国では4月15日の総選挙でも親北・反日路線をひた走る文在寅政権側が勝利する可能性が高いという。李度珩氏の警告が現実になっているようで恐ろしい。いま少し健筆をふるっていただきたかった。
 これまでのご指導に感謝し、ご冥福を祈ります。