公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • コロナ禍で先送り必至の日露交渉 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)
2020.04.07 (火) 印刷する

コロナ禍で先送り必至の日露交渉 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 ロシアの新型コロナウイルス感染者は、4月5日時点で5389人(死者45人)と、日本の4556人(死者104人)を上回っている。それでも、米国や西欧諸国のような爆発的増加に至っていないのは、初動の水際作戦や早急な外出禁止令が効果を上げたためだ。ロシアは国境閉鎖を続けており、このあおりで日露間の北方領土ビザなし交流は、今年は中止となる可能性がある。

 ●感染者は地方へと拡大か
 プーチン政権は2月初め、中国湖北省武漢発のコロナウイルスが中国で広がり始めると、中国との国境検問所を閉鎖し、中国と結ぶ航空路線を縮小。各国に先駆けて労働、私的訪問、教育、観光目的の中国人流入を禁止した。
 中国側は「準同盟」ともいわれるロシアが真っ先に中国人締め出しを決めたことにショックを受け、「中国人差別だ」「両国関係に打撃」と警告したが、ロシアは応じなかった。中国の新しい産業拠点となっていた武漢は、日本や欧米諸国との経済関係が緊密だが、ロシアの場合、中国との製造業協力がないこともプラスに働いた。
 だが、ロシアは14カ国と陸上国境を接し、水際作戦に限界があること、医療・衛生水準が低いことから、感染者は次第に増加。3月末から感染者数で日本を抜いた。首都モスクワが3分の2を占めるが、今後、地方でも増えそうだ。プーチン大統領は4月を「有給非労働期間」とし、事実上の外出禁止令を導入。自らの恒久政権化を可能にする4月22日の改憲国民投票も無期延期した。
 一方でロシアは、経済制裁緩和を狙って米国やイタリアに大量のマスクや人工呼吸器を供与したが、SNSでは「国内で決定的に不足しているのに、無償供与は馬鹿げている」などと批判されている。大統領支持率も低下している。コロナ対策では、権威主義体制の長所と欠点が現れた形だ。

 ●ビザなし交流も今年は中止か
 コロナ問題で北方領土のビザなし交流は今年、1992年の開始以来、初めて中止される可能性がある。両国間では日程の交渉もできず、サハリン州政府は中国人や韓国人、日本人の上陸者を2週間隔離する決定を下した。交流参加者は元島民など高齢者が多く、狭い船内は感染の恐れが高いだけに、見合わせるべきだろう。
 安倍晋三首相の5月の訪露も吹き飛び、今年は首脳会談の日程が立たない。コロナ禍で平和条約交渉が先送りになるのは必至だ。約三十年前のソ連邦崩壊直後の絶好機に、日本側が一気に決着に持ち込まなかった外交失敗のツケが、このような形で巡ってくる。