公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.04.06 (月) 印刷する

ロックダウン(都市封鎖)はできるのか 髙池勝彦(弁護士)

 小池百合子東京都知事は、武漢ウィルスによる感染症がこのまま拡大すればロックダウンをしなければならない旨、テレビなどで度々述べてゐる。ロックダウンとは何か。3月19日、政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」による状況分析・提言の中に、爆発的な患者急増が起きた場合、「数週間の間、都市を封鎖したり、強制的な外出禁止の措置や生活必需品以外の店舗閉鎖などを行う、いわゆる『ロックダウン』と呼ばれる強硬な措置を採らざるを得なくなる事態となっています」との文言がある。
 しかし、政府は4月3日の閣議で、ロックダウンについて「確立した定義があるとは承知していない」と述べている(4月4日付産経新聞)。
 当研究所の研究員である島田洋一福井県立大学教授は、3月26日付の「ろんだん」で、「クラスター」は「集団感染」、「オーバーシュート」は「感染爆発」、「ロックダウン」は「都市封鎖」で良くはないかといふ河野太郎防衛相の言葉を引いて、「片仮名語の『感染拡大』にも歯止めを」と主張してゐる。

 ●欧米と日本の大きな違い
 島田教授の勧めに従ひ、「ロックダウン」は都市封鎖の意味であるとして、さて、都市封鎖とはどのやうな事態をいひ、東京でそれが可能であるか考へてみる。
 確かに、中華人民共和国(中共)では、この感染症の発生地、武漢を中心とする湖北省などにおいて強力な都市封鎖が行われた。これは中共のやうな強力な全体主義的独裁国家において、はじめて可能な措置であり、我が国では到底、行ふことはできない。
 また、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアといつた自由主義国家においても、罰則を伴ふ外出制限や都市封鎖が行はれたやうである。しかし、これらの国では憲法などで、あらかじめ決められた緊急事態に関する法律に基づいて行はれてゐる。
 翻つて我が国では、3月13日にようやく、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(旧法の改正)が成立し、その中で、政府対策本部長(内閣総理大臣)が、一定の要件の下で「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を出すことができるやうになつた(第32条1項)。
 しかし、総理大臣が緊急事態宣言をしても、都道府県知事などに必要な指示をし、都道府県知事は関係市町村長などに必要な指示をすることができるにすぎない(第33条)。
 強制的に行ふことができるのは総理大臣ではなく都道府県知事で、臨時の医療施設を開設するにあたり、土地所有者らが正当な理由なしに使用に応じないときに限り「同意を得ないで、当該土地等を使用することができる」としている(第49条)。

 ●憲法含む法整備が必要だ
 しかし、今回の特別措置法は泥縄式に制定されたもので、実際には「同意を得ないで、当該土地等を使用する」措置は考へられていないことは明らかである。したがつて我が国の特別措置法の措置は、各国で行はれてゐるやうな都市封鎖とはまつたく異なり、JRや地下鉄、バスをすべて止め、店舗封鎖や罰則付きの外出禁止にする措置などは不可能である。冒頭の専門家会議の「ロックダウン」などあり得ない。
 今回の法改正は、反対だつたのは共産党と、れいわ新選組だけであり、他の野党も賛成した。だが、それでも立憲民主党などに対し「賛成するとは物分かりが良すぎる」などする批判があつた(仲正昌樹金沢大学教授、4月2日付朝日新聞)。安倍晋三政権としては成立を図るだけで精一杯であつただらう。
 しかし、冒頭の専門家会議の提言がいふやうに我が国でも「いわゆる『ロックダウン』と呼ばれる強硬な措置を採らざるを得なくなる事態」が現実になつた場合、政府はどうするつもりなのだらう。まさか「緊急(必要)は法を破る」といふ諺に頼るわけにもいくまい。最悪の事態に備えた憲法の緊急事態条項、それに基づいた関連法の整備が早急に必要なゆえんである。