公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.04.21 (火) 印刷する

マイナンバーカード条件案の不可解 島田洋一(福井県立大学教授)

 政府が17日、収入の大幅減を証明できた世帯に限って30万円を支給するという案を撤回し、国民全員に一律10万円の現金給付を実施する方針を明らかにした。その是非をめぐっては、本「ろんだん」の20日付で大岩雄次郎有元隆志両氏が論じている。ここではその議論に立ち入るつもりはない。
 ただ、いずれの立場に立つにせよ、速やかな対応の必要性については合意がある。その点、一部自民党の議員が、マイナンバーカードの取得を支給方法と絡める主張をしていたことに違和感を覚えざるを得ない。

 ●カードの取得は任意のはず
 確認しておけば、マイナンバーはすでに政府により全国民に割り当てられている。一方、マイナンバー「カード」の取得は任意であって、現在国民の15%程度の取得率だという。
 カードを保持することの利点を政治家が丁寧に説明し、取得を促すことに何の問題もない。私自身は、紛失した場合の危険はどうなのか、具体的なメリットは何かなど種々、疑問はあるが、基本、自宅に置いて置く方針で、すでに申請は済ませている(発行したので市役所に取りに来いという連絡はまだない)。
 さて、自民党の長尾敬衆院議員は、自身のツイッター、フェイスブックを通じ、次のように論じていた(4月18日付)。
 ≪既にマイナンバーカードをお持ちの方々へは迅速に給付できるような仕掛けを考えております。お持ちでない方には、カード「申し込み」をすることで、給付となる運用を考えております。申し込みはインターネット等で簡単に行えます。カード受け取りは自治体に足を運んできていただくことが基本となりますが、将来のマイナンバーカードの利活用のため一石二鳥です≫
 長尾氏は理念が明確で期待の政治家だが、この議論には首を傾げざるを得ない。もし政府がこの方針に固執していたなら、間違いなく大変な反発を買ったことだろう。
 「カードをお持ちの方々へは迅速に給付」という前段はよいとして、「お持ちでない方には、カード『申し込み』をすることで、給付となる運用を考えております」という後段はどうか。カード申請を済ませることが給付の条件と読めるからだ。

 ●デジタル弱者を排除の恐れ
 しかし、申請は必ずしも「簡単に行えます」とはならない。私の経験でも、例えばスマホから申請する場合、最初に自分のメールアドレスを入力し、送られてくる役所のメールを受けて次の手続きに進む。ところが「迷惑メール拒否設定」いかんで、役所のメールが受け取れず先へ進めない。特に女性の場合、登録した知り合い以外のメールは拒否の設定にしている人が多い。ストーカー被害や詐欺被害を防ぐ上で当然の措置だろう。
 役所メールの「ドメイン」を拒否リストから外す手続きを取れば受信できるが、スマホ上でどう操作するのか、私自身頼まれて試みたことがあるが、結局分からなかった(ところで、スマホ表面はウイルスが長時間残存するため、他人の手に触れさせないよう政府が要請している。誰かに頼まざるを得ない局面を作るのはおかしいだろう)。
 電子機器に弱い高齢者なら1人で申請するのはまず無理だ。誰かが代行するにも写真撮影や個人データの聞き取りは必須で濃厚接触を強いられる。何より、現在ほとんどの高齢者介護施設は家族でも立ち入りが制限されている。多くの高齢者はカードの「申し込み」すらできず、給付金を受け取れないことになろう。
 長尾氏に高齢者・IT弱者排除の意図があるはずもないが、やや現場感覚を欠いてはいないか。
 全国民に一律給付と決めた以上、無用な条件を付けるべきではない。結局、世論の反発で引っ込めざるを得なくなり、「迷走」という批判を浴びるだけだ。

 ●姑息なカード保有促進策だ
 20日、総務省が給付方式の概要を発表した。申請はマイナンバーカードを使ったオンラインによるほか、郵送でも受け付けるという。カードの「申し込み」を給付条件としなかった点はよかったが、なぜ自宅にいながらできるオンライン手続きをカード保有者に限るのか。
 私は今年3月、税の確定申告をオンラインで済ませたが、カードがなくとも電子納税者に割り当てられた利用者識別番号と暗証番号を打ち込むだけで手続きが完了できた。
 同じオンライン手続きでありながら、国民から徴税する場合はカード保有を条件とせず、給付する場合のみ条件とするというのはおかしくないか。
 郵送の場合は郵便局か最寄りのポストまで外出せねばならない。ポストの数は近年減っており、かなりの距離を移動せざるを得ない場合もあるし、不特定多数が触れるポストの投函口から感染が広がる可能性も否定できない。
 郵送に当たっては本人確認と口座確認の書類のコピーを付けて返送するとされており、そうなればコンビニのコピー機前に列ができよう。確定申告同様、マイナンバーカードがなくとも在宅手続きが進められる方式に改めるべきだ。
 極力外出を控えるよう求めながら、カード保有者を不必要に優遇することで保有を促進しようという姑息な「一石二鳥」は狙うべきではない。