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2020.06.08 (月) 印刷する

プーチン流「少子化対策」に学ぶ 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 2019年の人口動態統計で、1人の女性が生涯に産む子供の数にあたる合計特殊出生率は1.36と12年ぶりの低水準になった。19年に生まれた子供の数も86万人で戦後最少。新型コロナウイルス禍などで不安が広がれば、少子化は一層加速し、将来の経済活動や安全保障に重大な打撃を与えることになる。
 少子化対策では、母親への各種手当など財政的インセンティブを導入し、出生率を高めたロシアの経験が参考になる。危急の問題では、会議や議論で消耗し、問題を先送りする日本方式より、プーチン流トップダウンが有効なのだ。

 ●官製ベビーブーム主導
 ソ連崩壊後、経済・社会混乱が続いたロシアでは、1990年代に少子化が進み、99年の合計特殊出生率は1.16まで低下。出生数も126万人と90年の約200万人から激減した。男性の平均寿命が短いことから、人口は毎年70~80万人減少していた。
 プーチン大統領は2006年の年次教書演説で、人口対策を「国家プロジェクト」に指定し、第2子を出産した母親を対象に、25万ルーブル(当時のレートで約110万円)を住宅取得・修繕費、教育費、母親の退職後の年金加算などの形で国家が支給する方針を発表。保育所拡充、児童病院増設などと併せ、07年から実施に移した。
 筆者は当時、記者としてモスクワに駐在しており、大統領が「人口減少は国家危急の問題であり、国家の存続が脅かされている。それは愛と女性と家族にかかわる問題だ」と力説し、家族観、恋愛論を一席ぶったのを覚えている。
 「母親資本」と呼ばれるこの制度は、第3子以降にも適用され、その後増額された。現金給付ではないが、平均月収のほぼ1年分に当たる支援策で、地方ではかなりの出産奨励金となった。その結果、出生率は導入前の1.30(06年)から1.50(08年)と増え、15年は1.75まで上昇した。15年の出生数は194万人で、ほぼソ連崩壊前の水準に戻った。大統領は地方視察で、「産めよ増やせよ」の官製ベビーブームを煽っていた。

 ●母親の出産意欲引き出す
 この制度は、離婚率が高いことから、母親の親権を前提に母親を支援することに特徴がある。ロシア人よりイスラム系少数民族の出生率が格段に高いという副産物もあったが、即効性を示した。ただし、この頃の出生増は、1980年代後半のベビーブーム時代に生まれた世代が出産可能年齢になったという人口動態の要素も大きい。
 その後ロシアの出生率は15年をピークに低下し、19年の出生数は148万人、出生率は1.50に落ち込んだ。すると、大統領は今年1月、第1子についても母親に一時金を付与する新たな奨励策を発表した。
 ロシアの経験から、出生率向上の短期対策としては、母親への大型財政支援が有効であることが分かる。人口減少は「国家危急」の課題であり、プーチン氏のように、為政者が危機感を抱き、指導力を発揮することが不可欠だ。