公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.07.13 (月) 印刷する

泳げぬ水兵多い中国海軍の実態 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 中国の人民解放軍海軍は6日までに、南・東シナ海と黄海の3海域で同時に軍事演習を行った。これに対抗するかのように1日から5日までの間、米海軍の空母ニミッツとロナルド・レーガンの2隻が南シナ海で演習を行い、米海軍の健在ぶりを示した。米空母にとって怖いのは中国大陸と駆逐艦に配備されている対艦ミサイルであり、仮に人民解放軍海軍保有の空母2隻と戦闘状態に陥入っても米海軍の完勝であろう。理由は艦載戦闘機の作戦能力や空母作戦の経験以外に、根底にシーマンシップ(慣海性)という伝統の差がある。

被害復旧訓練でも教育思想の差

嘗て米海軍士官学校で2年間教官を務めていた筆者は、1年生のシーマンシップの教務を受け持ったことがある。この時教えた学生の中には、現士官学校長のSean Buck中将もいた。

このコースは入校訓練中のパート1と新学期が始まってからのパート2に分かれているが、パート1教科書の半分以上が被害復旧(Damage Control)に割かれており、入校間もない新入生が水着姿で防水実習を行う。

学生舎の正面には、第二次米英戦争時、瀕死状態に陥った米艦チェサピークの艦長ローレンス大佐の最後の言葉「船を見捨てるな(Don’t Give Up The Ship)」が掲げられており、これが米海軍の伝統となっている。

実際に1942年5月、世界戦史上最初の空母戦となった珊瑚海海戦において損傷した米空母ヨークタウンは被害復旧作業によりパールハーバーに回航され、一カ月後のミッドウエー海戦に戦列復帰して日本海軍の計算を狂わせる。

防衛大学校では1年生に東京湾で8km、海上自衛隊幹部候補生学校では江田内で8海里(約15km)の遠泳を義務付けている。米海軍士官学校では、より実戦的に作業服のままプールで長距離を泳がせている。

人民解放軍海軍の士官学校は大連の艦艇学院と武漢の工程大学であるが、主要幹部を輩出しているのは前者の卒業生である。筆者は平成24年に訪問したが、ここで被害復旧訓練を重視している形跡は窺えなかった。水泳訓練を海で行おうにも、面している黄海は、その名の通り黄色に濁って汚染が酷く泳げる状態にない。

人民解放軍は度重なる人員削減により、民間からの有能な人材が集まり、質的向上が図られているのは確かであるが、水泳不能者が多いと言う状態に大きな変化はない。

中国は台湾の防衛能力侮るな

トランプ大統領の言動で米国の行動を推測しがちであるが、米国には国民の代表である連邦議会が存在し、米下院では昨年5月、台湾再保証法案を全会一致で可決した。宣戦布告等の戦争権限は連邦議会にある。

筆者が米国防大学の学生であった1994年、卒業前の机上演習は台湾海峡危機であり、中国が金門・馬祖島に侵攻したとの想定で米国の対応を問うシナリオであった。16あった班の内、15の班が断固軍事行動を起こすべきであるとの答申を行った。

私が所属した班は「状況を見守る」という選択を採ったところ、指導教官が台湾関係法に照らして不適切との所見を述べた。2年後の台湾海峡危機では、クリントン大統領の民主党政権であったが、このシナリオ通り2隻の空母を派出、中国の軍事活動を押さえ込んだ。

仮に習近平政権が、国内の不満を外に向けるために台湾侵攻を考えた場合、台湾本島への攻撃は相当な犠牲を覚悟しなければならないので、前哨戦として民間人が居ない東沙諸島を占領して米国の反応を試すかもしれない。これに対して米議会、即ち米世論は反撃という選択をするであろう。米国の意図を過小評価すべきではない。