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2020.07.13 (月) 印刷する

文政権が究極の北寄りシフト 久保田るり子(産経新聞編集委員、國學院大學客員教授)

 韓国総選挙の与党圧勝で政治基盤を盤石に固めた文在寅政権が7月3日、北朝鮮担当の閣僚や大統領府幹部を総入れ替えする人事を発表した。その陣容は、親北、従北の勢ぞろいで、まるで「北朝鮮の御用聞き」といった布陣である。

文政権は年内の米朝首脳会談再開に向けて、仲介の働きかけを続けているとされるが、北朝鮮ナンバー2の金与正第1副部長の指令一下、南北共同連絡事務所を爆破され、窮地に陥っている。文大統領としては、人事刷新で突破口を開く狙いがあるとみられる。

いまのところ北朝鮮は、崔善姫第一外務次官が4日の談話で「下手な仲裁の意思を表明する人間がいる」と皮肉るなど、冷ややかな見方を示している。 

「北に賄賂贈るメッセージ」

筆頭は韓国情報機関、国家情報院(国情院)長に指名された朴智元・前国会議員氏だ。韓国の情報機関といえば、韓国中央情報部(KCIA)から始まった反共対北諜報のプロ集団だったが、近年の政権左傾化に伴って都合よく変革され、いまの文政権で国情院は、北朝鮮との秘密交渉窓口の様相を示すようになった。

朴智元氏は金大中氏の側近として知られた老練緻密な政治家だが、2000年の金大中・金正日の「歴史的な南北首脳会談」を実現した立役者として有名だ。当時、北朝鮮には秘密資金4億5000万ドルが韓国から送金されたことが明らかになっている。会談受け入れの見返りだったとされ、野党重鎮は「北朝鮮に秘密資金送金した人物が我が国の情報機関のトップに指名された」と嘆いた。

当時、文化観光部(省)長官だった朴氏は、中国北京などで北朝鮮密使と会い交渉をまとめた。その見返りに財閥、現代グループから秘密資金を送金させた。この経緯は2004年に対北不正送金事件として立件され、朴氏は特別検察に逮捕され、懲役3年に処された。

朴智元氏は対北不正送金事件で「私は北朝鮮の指導者にも韓国の指導者にも信頼された」と自慢気に語っている。事件後、政界に復帰してからも国会で北朝鮮人権法を阻止するなど北朝鮮寄りの人物として知られる。朴氏の父親は南朝鮮労働党の地方幹部で「家系には共産党が多かった」(情報関係者)という。朴氏の国情院長起用について韓国では広く「北朝鮮に賄賂を贈るというメッセージ」「彼は何でもやるに違いない」とみられている。

朴氏の国情院長就任には国会人事聴聞会の承認が必要で、野党は「国情院は私設情報機関ではない」などと猛反発しているが、国会で与党勢力は3分の2近い議席を保持しており、野党にこの人事を覆す力はない。

現国情院長はNSC室長に

朴氏にバトンを渡す現国情院長の徐薫氏は大統領府の国家安全保障室(NSC)室長に指名された。徐氏は国情院の生え抜きで、文在寅氏が大統領選に勝利した翌日に院長に指名したほどの文氏最側近だ。朴智元氏が暗躍した2000年の南北首脳会談のときにも国情院担当者として朴氏を補佐した経緯がある。

徐薫氏は、文氏が大統領秘書室長として仕えた盧武鉉政権時代の2度の南北首脳会談の際も実務者として働き、文政権では2018年に4月、5月、9月の3度、南北首脳会談を実現させた。つまり、2000年から2018年に至る、すべての南北首脳会談の舞台裏を知り尽くしているのである。今度は裏の仕掛け人役から表舞台に転じ、NSC室長の肩書で訪朝、訪米し、大統領特使としての役割を担うことになった。

米了解なしの政策推進も

朴智元、徐薫両氏に加え、もうひとり注目されているのは統一部(省)長官に指名された李仁栄氏である。

李氏は与党の有力政治家のひとりで親北議員として知られる。韓国の統一部は、南北統一、対話、交流、支援を受け持ち、開城工業団地、金剛山観光開発など交流事業を担当している。李氏は指名をうけて、韓国が対北政策を行う場合に米国と政策調整する「米韓作業部会」について発言し、「作業部会を通じてわれわれができることと、われわれが自ら判断してできることを区分しなければならない」と述べた。米国の了解がなくても一部政策は推進するとの意味だ。

李仁栄氏は活動家出身で、大学時代は全国大学生代表者協議会(全大協)の初代議長を務めた。1987年の韓国民主化運動で主役の一角を占めた学生活動家の集まりが全大協で、北朝鮮の主体思想を信奉する主体思想派が集まった。李氏は主体思想派を代表するひとりで、親北派として統一運動を行ってきた。

今回の人事では、李氏と同じく全大協議長出身の任鍾晳氏が大統領安保特別秘書官に指名された。任氏は文政権で初代の大統領秘書室長を務め、青瓦台には返り咲きというわけだが、政権中枢に2人も主体思想派の全大協議長経験者が入るのは韓国政治史上初めてだ。

文政権で対北、対米交渉を仕切った現NSC室長の鄭義溶氏も、任氏とともに大統領安保担当特別秘書官に内定し、過去の交渉担当者を総動員した対北シフトになった。

人事に関連して韓国大統領府からは「これまであまりにも米国の顔色をうかがい、南北関係でスピードが出せなかった」との高官発言も韓国メディアで報じられている。今後、韓国政府がどんな対北政策に出てくるのか予断を許さない。