公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.07.20 (月) 印刷する

令和2年版の防衛白書に思う 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 令和2年版の防衛白書が7月14日、公表された。今回の白書では中国に対する厳しい表現が目立っているが、それでも冷戦時代に旧ソ連に対して使われていた(潜在的)「脅威」という言葉は使われていない。尖閣諸島という日本の領土を侵略しようとしている国が脅威でないとでも言うのだろうか。

気になる点がもうひとつ。米国の日本に対する防衛努力を求める声が殆ど無視されていることである。

日本の防衛努力は十分か

白書には「韓国との米軍駐留経費をめぐる交渉において、韓国側により多くの負担を求めている」という記述はある(47頁)。しかしボルトン前米大統領補佐官(安全保障問題担当)が最近出版した本で書いているように、トランプ大統領は日本にも現在の約4倍の駐留経費を「在日米軍の撤退」を脅しに使って要求するよう求めたという記述は見受けられない。昨年、日米同盟の不公平さに不満述べたトランプ氏の発言にも触れていない。

中距離核戦力(INF)に関しても、エスパー国防長官がアジアに配備を希望しているとする昨年8月の発言については記載されていない。

米国が日本に対し、一層の防衛努力を求める声は今に始まった事ではない。筆者が米海軍士官学校教官であった1981年4月、陸・空士官学校や内外有識者を集めた海軍士官学校外交問題会議でも、日本の防衛努力の不足が指摘され、同盟国としての役割を十分果たすべきだとする意見が圧倒的であった。在米日本大使館から会議に派遣されていた当時の角谷清公使は、この件に対する質問を集中的に浴びていた。

良質な人材確保のために

今回の白書の特徴のひとつは、第IV部で「防衛力を支える人的基盤」に焦点を当てたことである。これは募集適齢人口が大幅に減少することによる自衛隊員の募集難を反映した為と思われる。

この中で「生活・勤務環境の改善及び処遇の改善」が隊員居住区の写真と共に記述され、ワーク・ライフ・バランスも取り上げられているが、35年間を自衛隊で過ごしてきた筆者にとって自衛官の生活・勤務環境は過酷であり、その極めて厳しい現状を包み隠すことなく公表して改善を促すべきであると考える。

筆者が2佐として防衛庁(現防衛省)に勤務していた時の官舎は、5人家族でも2DKであった。勤務は朝8時から夜10時まで。硬い床に毛布を敷いて泊まり込むことも頻繁であった。米軍人からは六本木プリズン(監獄)と揶揄されたものである。

パワーハラスメントも凄まじかった。既に筆者が1佐になっていた平成の時代でも、時の上司はハゲとかデブといった身体的特徴で部下を罵倒することも珍しくはなかった。こうした生活・勤務環境を抜本的に改善しない限り、良質の人材は集まってこない。